色々書いてます…水面下でですが……

職場ではデザイナーなる肩書きを持っている私でございますが、水面下では主にあまりにも目が疲れてデザイン仕事がままならなくなった時に限定して文章の執筆をしておりました。
ジャンルとしては主に随筆とでも言うべきものですが、タイミング次第では皆様方のお目に掛けられるかも…といったものから、こーれーはー絶対外部に出せんぞ…という代物まで内容は実に様々。

とは言え、いくら私でも理由もなしに文章を書いている筈はなくて、最大の理由はこれが私の精神状態を映し出す鏡となるから。人によっては切ったデザインそのものに映し出されたり、言動・行動に映し出されたりするものなのですが、私の場合は文章に最も的確にかつ鋭敏に映し出されるものなのです。これでも卒業した方の大学では日本文学と日本語学を専攻しておりましたからね。
では何で会社で文章の仕事をしていないのかと申しますと、会社で取り扱う類の文章と私の書きたい分野の文章のジャンルが根本的に違うからでして。私の書きたいのは小説であったり、サブカルチャー関連の学術論文であったり、はたまた随筆であったり…なのですが、会社で書く事になる文章はそのいずれにも該当しないんですよね。と言うか学術論文のフォーマットが身に染みついた私としては些か抵抗がある類の文章だった訳でして。
なので、ごく一部の例外を除いて「仕事としての」文章は、私は書いてない訳です。

…その割に、4月に現職場に就職して以来、相河の書いた文章量って…えー、InDesign・2段組フォーマットで1段約400〜500字を使って100P↑ですか?
我ながら塵も積もれば何とやら、という諺を実感した次第でございます。

実は学術方面の文章も水面下で書いてます

2009年1月に卒論を完成させて以来、学術方面での活動が停滞していると思われがちですが、実際のところネタは幾つかございまして、夏コミ合わせの同人原稿が終わった今、現在進行形にて執筆しているものが幾つかございます。学術誌に投稿するために卒論そのもののリファインを進めると同時に、卒論のテーマと直接関係がありそうなのが、さんだーぼるとからフリーウェアとして頒布されている同人ノベルゲーム『ラスト・ピュリファイ』に関するもの。一方でステージななから同じくフリーウェアとして頒布されている『narcissu-Side2nd-』は私もある程度(?)接している世界からのアプローチ、そして『Fate』はstay/nightとZeroについて書き進めている最中です。うち『Fate』に関するものにつきましては、双方の企業の某氏と某氏に現在進行形にて書き進めている事実を告げてあります。あと、ナルキに関するものに関してもステージななの関係者様に言ってたような…。いずれにしても、基本的には人文系中心のアプローチになる予定です。コンテンツ文化史学会とかDiGRA JAPAN辺りの論文投稿規定を見返しておかなければ……(卒論はEnglish Abstractを除いても現段階で2万字を超えてますので、何処かを削る必要があるかと) と言うかコンテンツ文化史学会の今年度の会費をば…あばば……(DiGRA JAPANの方は振込済)

あ、ナルキと言えばこれを忘れてはいけませんね。現在シナリオ執筆中の二次創作同人ノベルゲーム『Kyrie†Eleison』を…(初作とSide2nd[いずれも同人版]に準拠してます)。原作者様+ステージなな関係者様にばっちりと言質を取られてますので引き返せないんですよ。かと言って色んな意味で中途半端なものにはしたくないので、近日中に開設予定の特設サイトにて色々と募集を掛ける事になるかと思われます。多分これが複数人数で制作する事になる初の同人ノベルゲームになろうかと(『女神の大地』でさえ基本的には私一人で作っています)。

相河さんの大学生活・ICU編

今度は再受験して入学することになったICU(International Christian University/国際基督教大学)にまつわる諸々を。
医学生として国公立大学に在籍していた私は、まず学長でも教授でも助教授でも准教授でも皆「●●先生」と呼ぶ事に驚かされた。一般的な大学…それも医学部では考えられない事だったからだ。
ICUとて名前の通りキリスト教系の大学であるからして、キリスト教概論というクラスが全学必修であるのだが、私が受講したクラスはICUの名物教授の一人によるもので、遅刻や締め切り破りには大層厳しいものの内容は興味深く、ファイナル(期末試験のこと)では無事一発でクリアする事ができた。また、このクラスでは各々のクラスでアンケートを取って翌週に回答をするのだが、最初のクラスの回答の際私の書いたものが読み上げられて「今おいくつ?」と先生が尋ねられた際に正直に答えたら、クラスの爆笑を取った事は今でも覚えている。
その先生のクラスに限らず、ICUの先生方のクラスにはハードなものも多い。この頃には完璧に双極性障害を発症していて、うつ状態で沈没し自転車で5分の位置にあった大学に行けなくなったり、逆に躁状態で文章にまとまりが無くなったりしていた。はっきり言って大学入学一年目にELPを受講すると、高校まで英語が得意科目だった程度では凹む事も多い。ましてつい先刻のブログで書いた通り、私は最終的に語学科と人文科学科(日本語学と日本文学)の間で学科間専攻をしたものだから、専門科目の関係上どうしても英語開講のクラスは極端に少なくなってしまう。そこで他の分野から英語開講のクラスを選択して受講した訳だが、情報科学とか数学とかいった自然科学分野が多くなったのは、私がかつて医学部という自然科学領域に身を置いていたからに他ならない。
で、英語開講のクラスに限らず「●●先生のクラスはハードだから止めておいた方が良い」「●●先生は面倒見が良くていらっしゃるから大丈夫」等といった具合に各学期毎の履修計画を立てる際にご助言を下さったのはカウンセリングセンターのカウンセラーの先生方であった。更に卒論アドヴァイザー(卒論指導教官)でいらした某先生を筆頭とした各分野の先生方は私の相談にも親身に応じて下さって、大変ありがたく思ったものだった。もっともごく一部の先生方は逆に私に愚痴やら何やら語ってきたりもしていたが…。更に卒論は日本文学と情報科学の学際領域(要はコンピューターゲームのシナリオについて)なのだったが、関係しそうな各企業のブース巡りをはじめとした下準備を2004年秋〜冬から開始して、様々な紆余曲折を経て2009年1月に完成稿を提出した。じっくりと練り込んで書き上げた分、提出当時としては満足のゆくものに仕上がったという自負がある。最近になってやっと就職が決まったばかりの今の私にとって、各学会などにおいてはこの卒論が名刺代わりとなっていたりもしている。もっとも学会誌に出そうとしたら、TV版、リメイク版に関する事も含めてリファインしなければなるまいが(だって、卒論のネタにしたの『Phantom-Phantom Of Inferno-』だもんね)。

今日はかけずり回ってへろへろ……

今日は冗談抜きに疲れましたので、一部Facebookと重複する部分もあるかとは思いますが、その辺りはご容赦の程を……

▽銀座+幕張に行った日と同様、昨夜も一睡もできずに朝を迎えてしまう
▽起きているうちにとハローワークに行き、仕事探し。一件これはという案件を見つけたものの、人気の案件らしく先方からはFaxでの送信を要請されるが、すっかり顔なじみとなったハローワークのスタッフの方と相談した結果、個人情報に関するセキュリティを優先して必要書類は郵送する事で意見が一致。その方向で準備を進める事に
▽ハローワーク近くのコンビニで食料品+αを調達するが、此処で障害者手帳のコピーを取るのを忘れるというポカをやらかす←障害者雇用の場合は必ず要求される書類なのだが
▽帰宅して↑のポカに気づいても後の祭り。とりあえず履歴書+職務経歴書をPC上で作成して、紹介状を同封し徒歩圏内にある大学構内の売店まで出向いてコピー機を利用し、そのすぐ近くにある郵便局にて必要書類が全て揃った状態にて投函。ひとまず任務完了という事に
▽ついでとばかりに大学教会の事務所に顔を出す。馴染みの事務員さんの他に牧師先生とも話す事ができたのは収穫の一つ。今日は明るいうちに帰ってねという言葉と共に送り出される
▽眠気覚ましに学食でアイスコーヒーを飲む。因みにホットの飲み物はお湯を出す機械が大絶賛故障中につき(機械の修理をしている方がいらした)壊滅状態だったりも
▽そのまま夕飯を食べても良かったが、まだ食欲が湧かずふらりとN館に立ち寄る←実際のところ、ままある事だったりも
▽久しぶりに某先生とお会いできて色々と話してきた。話題は多岐に渡るので此処では書ききれないが、コンピューターゲームの読み物としての可能性と問題点(主にアーカイブの問題)とか、宇宙旅行が云々とか、単極性うつ病と双極性障害との違いとか…そりゃあもう色々と。お互い建物を出るときにはへろへろ状態だったのだが…先生によっては冗談抜きで合わない事もあるからなぁ、うちの大学(実際、外部の大学から来られた非常勤講師の先生の中には、国公立大学に在籍していた経歴を持つ私を相手に弱音を吐いていた方もいらした程なので/勿論放課後の帰り道、途中まで一緒になる私と一対一になったとき限定ですよ、念のため)。件の先生はまだそこまでは行ってないようですが……
▽どんだけ双方がへろっていたかと申しますと、比較的堅いサイト(このサイトの事ね)で詩とかブログとか書いてる、と申しましたらば某先生は詩を「死」となかなか物騒なカンチガイ。それに対して”poem”(詩)の方ですよー、とツッコミ入れるタイミングが普段より大分遅れたりも。…にしてもうちのATOK、この項目を追記する前に「し」と入れたら第一候補に「死」を出してきましたよ……
▽帰宅後、仕方なく夕飯を作る羽目に。豚肉の解凍が終わっていたのでキムチチゲにする事にしたのだが、ぶち込んだ豆腐が思っていたよりも柔らかくて鍋の中で崩れるという事態に。後で(翌朝になって)うどん玉をぶち込んで食べるにしては野菜の量が多かったためか、薄味になったなぁ…という印象であった

今日はこの後、風呂入って寝る事にします。と言うか二日連続で徹夜はキツイ…一晩完徹しただけでDr.のお叱りを貰う位なのに……

今後も「横道」と書いて「おうどう」となりそうですが……

タイトルの出典は相河による「学校」にまつわる自伝『Alma Mater』本文の一部から。

元々はmixiニュースにて知ったネタではあるのだが、この件に関しては、よりOpenなこちらのサイトに記載するのが適切だと判断したので…。

明治大学の駿河台キャンパス内に、まんがやサブカルチャー関連書籍を専門とした米沢嘉博記念図書館がある…というのはmixi内のニュースにて知ったことだが、これを知った私は即座に明治大学のサイトにアクセスして、件の図書館が、そして2014年完成予定の東京国際マンガ図書館なるものが如何なる性質のものであるのかを早速チェックした。

“著名なタイトルはともかくとして、そうでない作品群は歴史の波に埋もれるおそれがある”───これに関しては私も強い危機感を抱いている。
最終的にICUでの卒業論文の題材として取り上げることとなった作品こそ、『Phantom-Phantom Of Inferno-』(ニトロプラス/2000)という現在では著名なタイトルに落ち着いたが、実を言うと取り上げる作品の候補は他にも幾つか存在していた。中でも本当に最後まで迷ったのが『シェル・クレイル〜愛しあう逃避の中で〜』(アリスソフト/2003)だったのだが、こちらは発売前には大いに期待されながらもセールス的には伸び悩み、今では「埋もれた名作」…どころの話ではなく「忘れられた存在」と化してしまっているのが現状である。しかしながらシナリオの完成度・洗練度にかけては私の知る限り2012年5月現在これの右に出るものはなく、セーブデータ数に若干難のあるシステム以外はグラフィック・音楽などもパーフェクト。更に性的描写の存在意義に首を傾げたくなるものも少なくない昨今のタイトルとは違って、性愛というテーマに真っ正面から挑んでいる上にその筆致・描写もまた見事…という、私から見れば奇跡のような輝きを持っている作品なのである。フランス語による題名が示すもの、サブタイトルに込められた“逃避”の真なる意味、蕩果と呼ばれるものを筆頭とした薬物が人間関係にもたらすもの、等など───これで論文を一本執筆するとしたら、卒論どころか修論か博士論文レベルの労力を要求される代物でもあろうと、私は考えている。実際、最終的に卒論の題材とする作品を『Phantom』にするという決断を下した理由は複数あったのだが、2008年初頭〜春にかけての“breakthrough”を経ていなかった2005年当時の私には到底太刀打ちできそうにもないテーマを含んだ作品だと判断したからでもある。2012年現在でもまだ人生経験積んでないから色々厳しいよなぁ…と思っているのが現状ではあるが。

ICUでの卒論が完成した年度の冬コミ企業ブースにてとある方(私の記憶が正しければ、シナリオライターの方だったかと…)に卒論のDraftを提示したのだが、果たして学術論文として取り上げるほどの価値があるものなのか?といった感じの反応を示されたので、「(井原)西鶴の『好色一代男』って、最初から文学として書かれたものなのでしょうか?」とかいった具合に切り返した覚えがある。西鶴の『好色一代男』は好色本と呼ばれる、上方で流行することとなったジャンルの作品の先駆けである。専門外の方々のために「好色本」の事をかみ砕いて記載すると、現代で言うところの(娯楽のための)エロ小説本と考えてまず差し支えないだろう。しかも主人公の世之介なる人物というのがまた、現代にて綴られている美少女ゲームの主人公達などとは比較にすらならない程に色を好んだ男なのである。具体的に言えば、本文中に「五十四までたはふれし女三千七百四十二人、少人のもてあそび七百二十五人、手日記にしる。」とあるのだが、此処で注意しなければならないのは現代人の価値観のみにてこのテクストを見てはならないという点である(男色が公然とまかり通っている辺り、当時の世情を映し出したものでもある)。それはさておき、『好色一代男』のヒットを受けて西鶴ならびに他の著者達による同ジャンルの本が次々と出版される事となった訳だが、当の西鶴本人は『西鶴折鶴』にて神や仏に銭を落とすのは愚かといった旨のことを記している人物でもある。そういう人物であるからして、西鶴が如何に目立ちたがり屋であったとは言え後世にまで己の作品を遺そうとしていたとは、少なくとも私には考えにくい。
また、先に私は好色本のことを指して娯楽のためのエロ本と記載したが、西鶴の好色本における特色はこれだけではない。当代で教養のある者達ならばニヤリとするだろうといった類の、パロディの精神がふんだんに盛り込まれた作品でもあるのだ。後世にまで『好色一代男』の名が西鶴への名声と共に残されている理由はまさにこの点にあるのだろう。同じように、美少女ゲームの幾つかもまた、シナリオライター本人が己の綴った作品に文学的意図を自覚していたか否かは別問題として、後世に残されていくようになるのかもしれない。

それはともかくとして、私が「これからプレイしてみたい」といったゲームのタイトルを列挙していくと、一つ二つの例外を除いて見事なまでに「聞いたことが無い」といったリアクションを友人達から返されるマイナーなものばかりなのだ。現在進行形にてスポットの当たっている作品群は他の権威ある方々にお任せして、今後とも私はある意味マイナーな街道をひた走る所存である。

参考文献
[書籍]
『新編日本古典文学全集 井原西鶴集(1)』 井原西鶴著  暉峻 康隆、東 明雅校注・訳 小学館

[Website]
http://www.meiji.ac.jp/manga/about/ 2012.05.14

…あれ…れ?

問題の画像

えー…上記の画像に記載されているアルファベットと矢印の意味ですが、多分ICU(国際基督教大学)関係者以外には全くの意味不明でしょうからまずはその補足から。
今でこそICUでは一学部・一学科のみで、専攻を決めるのは入学後2年ほどしてから…というシステムが採用されておりますが、私が在学していた当時は6学科…即ち、人文科学科(H)、社会科学科(SS)、語学科(L)、教育学科(E)、理学科(NS)、国際関係学科(IS)のうちどれか一つを入学時に決めた上で、自分が当初やりたい事と違うと思ったりその他の理由にて2年次終了時に転科もしくは学科間専攻(2つの学科の間で)が可能となるという次第。
で、相河の場合元々語学科で入学し日本語学を専攻した上で途中から人文科学科(日本文学)との学科間専攻──現在で言うところのダブルメジャー──をしていたのですが、卒論は美少女ゲームのシナリオについて…つまり日本文学と情報科学との学際領域だったんですな。おまけにエレクティブ(選択科目)として理学科の科目を複数履修したり、N館(理学館)に入り浸っていたり、はたまた前に在籍していた大学が医学部だったりしていたせいなのでしょうか…それはさておき、諸々の要素により理学科生のイメージが強まった結果、↑のようなカンチガイをされた図式が完成された次第です(後からボールペンで訂正したのは相河ですが)。
因みにコレ、大学TRPGサークルの新年会で使った名札の一部。矢印が双方向なので意味は「人文科学科と理学科(訂正:語学科)との学科間専攻」となります。複数の先輩・後輩曰く、「相河さんはNSのイメージが強い」との事なのだそうですが…あまり強く否定できない辺りが我ながら何というかその……

連絡事項…またまた落ちてます

暫くは調子の良かった時期もあったのですが、最近になってまたしてもうつ状態になってしまいました。
今回原因が何なのか釈然としない辺りが不気味ではありますが…。

文学フリマの準備に本格的に着手していなければならない時期なのですが、この調子なものですから新刊@卒論一般公開版の頒布開始は難しそうです。Web版はあと一つ二つくらい確認が取れれば公開できる見込みですが。
それにしても今度の文フリで何出そう…? ネタの神さまは降りてこないか…?

生存報告、他色々

「最近ブログの更新無いな−。もしかして体調崩してるか鬱ってるかどっちかかな?」と思われた貴方、正解でございます。夏コミが終わるまで見事に鬱で沈没しておりました。今は何とか持ち直して、最低12時間睡眠が必要なだけ…という程度にまでは回復してますけどね。こんな状態で仕事がそろそろ佳境に入ってくるものですから、居合道二段の昇段審査が滅茶苦茶不安だったりもしてますが。

そうそう、第十三回文学フリマのスペース確保のお知らせを受けましたので、いよいよお待ちかねの卒論一般公開版の発行に向けて動き出す所存です。前回参加時はスケジュールの都合が合わず泣く泣く断念したのですが、今度こそはとリベンジを図る所存です。また、この一般公開版の発行に次いで、先行研究の資料としてWeb公開版も出す予定でいます。問題はコレを何部発行したらいいか、なんですよね…。そこは以前、卒論アドヴァイザーの先生も唸っていらした部分でして、正直どのくらいの需要があるかは読めないんですよ。あと、できれば追加で何か企画したいんですけど、それも時間との勝負になりますし…うーむむ……

意外な処で繋がるモノ

「アンタ何処でどう繋がってんの!?」てな具合にツッコミを入れられる事請け合いの人脈だけは持ってますが(自分でいうのも何ですが、かなり意外な相手とも接点持ってます)、何もそれは人脈に限った話ではなく、どうやら普通は何処でどう繋がるか分からないモノを繋げていくのが私という人間であるようで。
例えば、ICU生時代に執筆した卒論一つ取っても、元々は日本語学に興味を持っていた私がクラス受講を通じて日本文学に関心を持つ事がなければあり得ず、またそうして日本文学への関心を高めていった私がコンピューターゲーム──それも原作は美少女ゲーム──という題材に辿り着いたのは、文学だけではなくて情報科学への関心もあったからで。その関連もあって一つ同人ゲームを題材として期末レポートを書いたりもしましたが(一度卒論や期末レポートを書き上げた事で広まった人脈もあるように記憶してます)。この段階だけで言語学・文学・情報科学が繋がってきてますよね。
しかし私の「繋がり」はこれだけには留まりません。実は私は宝石が好きで(今となってはこれが唯一女らしい趣味とも言えましょう)、しかもサファイアやルビー辺りを筆頭とした色石が好きだったりもするのですが、実はサファイアもルビーも同じコランダムという鉱石の仲間で、組成式は双方共にAl2O3、モース硬度は9という硬い石の部類に入ります。因みにブルーサファイアに含まれる不純物とはTiとかFeで、ルビーの場合はCrが確か1〜3%位含まれているものの事を指すように記憶しています。つまり、私が宝石・鉱石を見る時には必ずその科学的性質にも目を向けずにはいられないのです。こうして、宝石の美と科学とが繋がってきた訳です。因みにキャッツアイ効果とかスター効果とかがどういう原理で出るのかも、ある程度の事であれば把握しています。
さて、私が宝石の事を挙げた際に「色石が好き」と言っていた事を覚えていらっしゃいますか? 実は「色」という要素が有用な立ち位置になる趣味やら何やらが私の知る限り最低2つあったりしています。まず一つは写真。依頼されればモノクロでも撮りますが、原則としてカラーリバーサルフィルムを持ち出すほど発色にはこだわって、のんびりとしたペースながらも撮影を続けております。そしてもう一つが実は日本文学にあるんですね。近代以降の権威的な文学作品では西洋の影響を受けて臭いものに蓋をするかのごとくそういう事は避けられてきましたが、それ以前の文学作品では…特に平安文学においては「色」という要素は様々な意味合いを含んだ重大な立ち位置にあったようです。

あと、何故か分からないんですけど私の持っているNikon FM3Aを見た人に、「実は居合道やってるんです」と言ったらば妙に納得されるパターンが多いのは何故でしようか?(居合道やってる事を知ってる人がFM3A見た時にも納得される事が大変に多い)

…それにしてもこの繋がり方、脳神経のシナプスみたいだなー、と思ってみたりするのは私だけでしょうか?

今の時代にOVA版吸血姫美夕の再考を試みる

5月 24, 2011 · Posted in エッセイ風文章, 学業関係, 徒然, 日本文学 · Comment 

私がアニメにハマる事は滅多になくて、リアルタイムで見ていたTVアニメと言ったら久々に追っ掛ける事となったまどか☆マギカを例外とすればナディア辺りで最後だったように記憶している。また、ナウシカとかラピュタとかいった宮崎作品は、実は中学・高校時代に視聴覚教室で見ていたもの。勿論自分一人が見ていた訳ではなく、家庭科か何かの時間の時に…だったのだ、何故か。
その分、高校時代は実兄の影響もあってOVAの方にずぶずぶとハマって、一時はOVA専門雑誌に投稿して掲載される事もあった程だったのだが、受験とか大学進学とかでそっちからも離れてしまった(あと、近場にレンタルショップがなかった事も理由だった)。
勿論私の場合はこれ以外にも相応の理由があって、まずTVアニメの場合は帰宅の遅かった私にとって時間的な制約があまりにも厳しく、劇場アニメの場合は田舎の事ゆえに劇場まで出るのも一苦労だった次第。何しろ高速道路なんてものはまだ走ってなかったものだから、どう頑張っても劇場のある県庁所在地まで2時間は掛かってしまう。私がアニメから離れていった理由はあと一つあって、それは私自身の目の問題。単純な視力の低さというよりは極度の度数差ならびに見える方の目の視神経が通常の半分しかないゆえに生じる、異様なまでの目の疲れやすさに起因していたりもする。
ナウシカとかラピュタとかいった王道の作品群も良いけれども、此処はもう少しコアだけれども間違いなく名作だと断言できるものを挙げてみよう。

これをご覧の方々の中で、『吸血姫美夕』の名をご存じの方がどのくらいいるだろうか? マンガにもなり、TVアニメ化もされたというこの作品、実はOVA版が一番最初の「オリジナル」とでも言うべき作品である。OVA版美夕の何処がどう良いかと言われると、まず単純な勧善懲悪では済まされない何処かやるせなさの存在する物語、それから今になっても古さを感じさせない作画のクォリティの高さ。音楽も単独でBGMにできる性質のものではないが作品には合っていてその点では問題にはならない。私はアニメの分析は専門外だが、それでもこの作品が学術的に文学などの視点から取り上げる価値のある作品だと思っている。この点に関しては、ほぼ確信に近いと言えるだろう。この作品に関しての先行研究があるかどうか、興味深いところである。機会があったら本作については学術的観点からの解析を試みてみたい。

余談:つい先日、再度見たくなってOVA版吸血姫美夕のDVDを購入し、更にまどか☆マギカに至ってはブルーレイで買ってしまいました(笑)←しかもブルーレイは再生用のハード持ってないのに

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