二社目の面接。心残りですか? ありまくりじゃあーーーーーーっ!!(魂の叫び)

えー、本日二社目の面接に行って参りました。
今度は風邪で沈没してろくに対策が取れなかった一社目の時とは違い、事前に面接の予行練習も行って、更には近くの百貨店化粧品コーナーで面接対応のメイクもして戴いた上にて臨みました。
私は口紅が鬼門と言える程なので、持っているのと同じメーカーの敏感肌用リップを付けた上に、同じく敏感肌用の口紅を付けて頂きました(リップを忘れると途端に唇がガサガサになります)。

一社目の時とは違い、福利厚生の充実度もさることながら、障害に伴う各種症状への現場の対応も非常にしっかりしていて尚かつ融通が利くという印象を受けました。
お話を伺っているうちに、この会社で是非とも働きたい…という意欲がむくむくと湧いてくる程のものでした。

ただ、今回の面接において痛感したのは、圧倒的なまでの(私の実力に関する)判断材料不足。これに関しては後悔先には立たずと言いましょうか何と言いましょうか……
間に合えば追加のポートフォリオをメールで送信したいところなのですが、メールサーバーの容量が追いつくかどうか以前に、フリーメールのアカウントで受信して頂けるのかどうか…といった問題が。
それでも、何もやらないよりはマシというものですが。

前回の記事でも書いた通り、ウェブデザイナーとしての私の真骨頂は一見シンプルに見えてその実…といった類のデザインなのです。
まあこのサイトとか何処とか見れば一目瞭然でしょうけどね。

各々の得意分野はと言うと…?

うちの会社は一般企業ではなく、就労支援A型事業所と言って、ある程度状態の安定した障がい者が次なる目標として一般企業に就職するための訓練を行うための会社である。事業所によって異なるのかも知れないが、うちの会社に限って言えば殆どが精神障がい者で、各人の適正・職歴などに応じて4つの部門のどれかに配属される事となっている。因みに私は現在デザイン班に配属されているのだが、実のところ物流班以外のどの部門に配属されても文句は言えなかったりもする。まあ察するに職歴から鑑みて配属されたものと思われるが…。
それはともかく、11/5現在デザイン班(基本的にWebデザインであるが)専属としては3名所属しているのだが、うち入社前の時点においてデザイナーとしてのプロ経験があるのは私ともう一人…印刷用原稿を扱うデザイナーだったという方とである。現在その方とシステム班(要はウェブ関係のコーディングを担当するセクション)を中心としてサイトの構築をしている最中であり、私も猫の手(?)として時に借り出されていたりもする。まあ私の役目と言えば無料・商用利用可能・ライセンスフリーの素材集めやら、その中から適切と思われる素材を引っ張ってくる作業とか、メインデザイナーさんの作った画像をウェブ用に最適化・パーツ毎にスライスする作業くらいなものであるが。←この作業が実に早くて的確だと、メインデザイナーの方からお褒めの言葉を戴いた事がある
そうそう。たまにデザイン上、「此処はCSSを使ってシステム班の方々にお任せした方がいいですよ」と提案する事もある。これでもある程度はHTMLやCSSによるコーディングを囓っているので、元画像に基づいた表示のために必要な最低限のパラメーターを指定し、それを紙に書き出してコーダーの方に渡す…という事も実はやっていたりもしている(デザイン班で曲がりなりにもコーディングが理解できるのは私のみである)。
私が主に使うPhotoshop,ならびにメインデザイナーの方が主に使うIllustratorのバージョンの関係上、FireworksはまだAdobe製品ではなかったから使用不可能で、代わりにImageReadyを使用している。Illustratorで作成したファイルをPSD形式に書き出した場合でも、最初からPhotoshopでデータを作成した場合でも、やる事は基本的に同じである。先にPhotoshop側でスライスする画像に沿ってガイドを引いておき(このガイドを引く作業が重要だったりする)、ImageReadyに移行後フォトショで引いておいたガイドに沿ってスライスを切り、その後スライスしたパーツ毎に書き出していく…という手順を踏んでいる。
ついでとばかりに対案を試作し、CSSで文字色やらリンクの色、背景色にテキストの行間を指定してみたり…と、此処までなら今までの私のスキルでできる事である。此処から先、divタグを使ってのレイアウトや画像の色や透明度の変更などになると、実を言うとまだまだ勉強中の身なのである。幸いと言うか何というか、私の試作品は画像をキリの良い数字で切り出せるように作ってあるので(と言うか其処に至るまでにラフを2回は切り直した)、CSSでの指定はやりやすい方だろうと思いたい。

で、メインデザイナーさんの得手とするデザインと言えば、これが結構幅が広くて、エレガント系からカジュアル系のデザインまで様々な作風のものを作ってくる。その一方で、私が最も得意とするシンプル系のデザイン(このサイトとかその他の相河個人サイトを見たら一目瞭然ですよね?)は、どうやら若干苦手としている様子でもある。お互いの得手不得手を埋める形となっているから、丁度いいのかどうなのか…? 私も一度はエレガントなデザインのサイトを構築してみたいものだが、けばけばしくなってしまいそうで怖かったりもしている。一方でメインデザイナーさんは時々、冗談半分、本気半分くらいで「瑞穂さーん、このサイトのデザイン切ってみませんか?」とのたまってみたりも(特にシンプル系デザインが求められる状況において多い)。

因みに此処までで我等がデザイン班に所属するもうお一方のデザイナーさんについて言及してこなかったのだが、メインデザイナーさんと同じくIllustratorのエキスパートである一方、Webや印刷物などのデザインよりも、寧ろ美術的な方面におけるデザインにおいて能力を発揮する方であるという事を付記しておく。

追記:先日受けた一社目の面接は見事に落ちました。まあ銀座観光ができたから良しとしますか。
現在二社目の面接を受けてきまして、その結果待ち中…なのですが、どうやら其処の面接は仮にパスしてももう一回あるとの事。

今時の風邪はしつこいです…そして面接行ってきました

風邪で沈没した事は前回書いた通りですが、その週の週末も寝ていた結果、熱はすっかり平熱まで下がったものの、咳はこれ書いてる現在もしつこく残ってます。しかも抵抗力が落ちたときには必ずと言っていいほど手の甲に出る発疹が今回もぶわっと…。
という次第ですから、現職場の職員さんが面接対策をして下さるという話をしていたのですが、それどころの騒ぎではなくなってしまいました。風邪で沈没してたのと、急な仕事が入ったのと両方で。

という訳で今回の面接に臨むに当たっての心得は以下の通り……
1に健康管理。
2に身だしなみ。
3に時間厳守。
後は野となれ山となれ。
(因みにこれ考えたのは相河だったりして)

といった具合に、実に開き直りが見えるものとなっておりました。
これで面接までパスしたら笑うしかないのですが……

かくして早めに銀座の会場近辺に行ったはいいのですが、目的の建物を見つけるのに随分と難儀致しました。
時間厳守ですから流石に焦りましたが、早めに行っていた事が奏功して何とか無事に面接会場となる建物を見つける事ができました。

そしてお待ちかねのランチタイム。会場を探す際に目星を付けていたお店に入り、昼食にしたのですが量も丁度良くてお味も満足のいくものでした。
後でリアルの友人から聞いて分かったのですが、そのお店、どうやら相当な有名店であるらしく色んな料理とワインが美味だという事でございました。
…まあ今後銀座に行く機会があるかどうかは甚だ謎なので、また行く事があったら今度は別のメニューもオーダーしてみようと思います。

で、肝心の面接なのですが…人事担当の方と一対一で行われました。
最初の大学として医学部に行った理由と辞めた理由とを聞かれたので、それに関しては嘘を言ってもしょうがないので有り体に答えました。
あと、就労支援A型事業所とは何ぞや?と聞かれたときには、予め職員さんから手渡されていた現職場のパンフが大変役に立ちました。ありがとうございます。
他に何を尋ねられたかと申しますと、就労にあたって必要となる配慮、こちらからの質問、あとは実際の仕事内容に関する説明も受けました。現職場におけるそれとは求められるスキルは些か異なりますが、今までの仕事並びに学業関係にて鍛えられた事が役に立ちそうではありました。
面接の最後の方に、その企業における業界ゆえの色々厳しい面も聞かされましたので、受かったら受かったで戦々恐々ではあるのですが(それなりの有名処とは言っても、流石に実兄の勤務する某大手企業のようにはいきませんね)、給料と福利厚生とに関しては現職場よりも良い事は間違いありません。
ただ、件の企業において精神障がい者の雇用実績がないのが不安材料ではありますが……(何せ面接を担当された人事の方ですら当惑されていらした位ですから)

そして面接終了後は、銀座観光に繰り出しました(笑) 書店に行ってから併設のカフェで買った本を読み、次いでアップルストアに向かったもののあまりの人の多さに退散。向かいにあるデパート・松屋に行って1Fで久々にジュエリーで目の保養をしてから新しい香水のチェック。特に冬場に使う持続性のある香りはプライベートでしか着けられないものなので今回はテストだけに留めましたが……
あと、メイク用品も軽くチェックはしました。私の場合特に口紅とファンデが鬼門で、特に前者は敏感肌用でも先にリップを付けてから口紅を付けないと、唇がガサガサになるレベルだったりもしています。

それから銀座を脱出したのですが、また来る機会があるかどうかは正直怪しいところですね。仕事で通勤する事になるのか、それとも同窓会辺りで行く事になるのか…? それは神のみぞ知るところ。

大分落ち着いてきました。…腹具合を除いては

えー、最近の調子は表題の通りでして。カッカしていた気持ちも沈んでいた気分も大分落ち着きまして、携帯メールもほぼ通常モードに戻り、仕事にも地下鉄を駆使しながらも行けるまでには回復しております(職場での向かいの席の方曰く、私は調子がいい時に音楽を聴いていると、鼻歌を歌っているのが聞こえてくるのだそうで…ああ、恥ずかしい)。
但し腹具合に関してだけはその限りではありませんが…もう1ヶ月も薬が切れたら下痢・軟便といった状態が続いているんですよ。これでは流石の私も不安を覚えるというもので。まず精神科のDr.にその事を言ったらば、かかっている内科医と相談するように言われ、それで翌日かかりつけ医のところに行ったらば、ストレス性の腸炎で間違いはないとDr.から言われつつも念のためにという事で自宅から割りと近所にある武蔵野日赤病院の消化器内科を紹介されました。
このかかりつけ医、実はICU在学時代からのお付き合いでして、当然私が双極性障害である事は織り込み済み。最新のおくすり手帳の記述確認を欠かしたことがなかったりもしてます。以前大学在学中に肝機能障害を起こしたときには、最初は血液検査の結果と照らし合わせて診ていたのですが、2回ほど検査結果が出た段階で「うちでは手に負えない」という事にて杏林大付属病院を紹介されました。んで大学病院にて血液検査した結果「よくこの数値が出る状態で平気でいられますね……」と大学病院のDr.に呆れられ、絶対安静を言い渡された挙句1ヶ月近くの入院沙汰と相成りました。また、インフルやノロを捕まえてしまった時には、その疑いありと判断された段階にて通常の待合室からは隔離され、診察の結果実際そうだという事になり、例えばノロの時には3日間の外出禁止令を出されたり…等といった具合に実に的確な対処をしてきたDr.だったりもしています。そのDr.がストレス性のものだと言い切るのですから私とてそうだとは思いたいのですが、かれこれ1ヶ月も毎食後ポリフルという実に飲みにくい粉薬との格闘を繰り広げる羽目になる日々を送っていると、ストレスの他にも何かが潜んではいやしないかと疑心暗鬼になってしまうものなのです。
日赤病院で検査した結果、何も異状が出なければそれに越したことはないのですが、さて…?

火に油を注がれました

現在、お怒りモード中につき家族(主に母)が使ってくる携帯の電源を切っています(しかもこれを書いてる現在、始業前の職場に居るのですが、携帯不携帯をやってます/iPadは一応持参していますが)。で、今朝おかんから固定電話の留守電モードにモーニングコール+αといった感じで先日私の地雷を思いっきり踏んだ事への謝罪は、ある事はあったのですが…どう考えても友達同士で「悪い、悪い」と言ってるような軽い感じのものでしかありませんでした。当然火に油を注ぐ結果となったのは言うまでもなく…少なくともソレ、本気の怒りに対しての態度ではないだろうがっ!!←でなかったら鬱ったり食欲が急激に減退したりしませんってば……

諸々の調子、大絶賛急降下中

腹具合に続いて気分も胃の調子も急降下。…もう嫌だ……
(※遠方に住んでる家族との関係で一悶着あった模様/具体的にはおかんがNGワードを連発した)

今は唯、一人で静かにさせて欲しいです。
仕事は細部でリテイクくらいながらも比較的順調だったのですが、こうも調子が悪くなると正直読めませんね…。

因みに大抵の固形物やラーメン・パスタなどを受け付けられなくなったら黄信号、うどんを受け付けられなくなったら赤信号です(うどんが固形物最後の砦という辺りがうどん県出身者らしいと言えばらしいかと)。今は黄信号が点灯した状態。何か視界がガラス一枚隔てた向こうのことのように感じます。…明らかに鬱ってるな、こりゃ。
という訳で、どうやら予約外で精神科の病院へ駆け込む羽目になりそうです。
あと食事の方は、冷凍うどんとインスタント味噌汁、それとウィダーインゼリーの類のうちカロリーが比較的高いタイプのもの、牛乳、りんごジュース、スポーツドリンク辺りを仕込んできました。極力低カロリーのものを…といった普段とは真逆の発想。

季節の変わり目にやられた模様

双極性障害に伴う精神的なコンディションは現在安定しているのですが、今度はストレスが身体の弱いところ───私の場合は胃腸とか目とか頭痛といった形で現れる───に来ました。因みに今回は腸に来て、下痢が止まらなくて当初は途中駅で電車を降りてはトイレに駆け込むといった有様でした(実兄も大学院を修了して今の会社に入社した当初、同じようなことがあったそうですが)。市販の整腸剤を使ったりある医院ではウイルス性の胃腸炎と診断されたりしたのですが、ICU生時代からお世話になっている腕のいいかかりつけ医によりますと、これがどうやらストレス性のものであるらしく…腸の水分を調整する粉薬を二週間分ほど出されました。幸い食べ物の制限はないのですけどね(唯一これだけが救い)。
ストレッサーとなる要素を考えてみても、実生活の上では思い当たる節が全くないんですよね。仕事はやり甲斐があってモティベーションも高いですし、私生活でも特に大きなストレスになるようなことはないですし…あー、こりゃ多分季節の変わり目にやられたんだな、という結論に到達する事と相成りました。
実際問題、一般企業ではないうちの職場では普通の会社よりも季節の変わり目でコンディションを崩す人が多くて、中には食欲が極端に減退した方もいる程です。かく言う私も過去、コンディションを崩して一時は固形物を全く受け付けないレベルにまで到達した事とてありましたが。

オタク天国な職場万歳w

うちの職場、時短労働かつ勤務時間と休憩時間のメリハリがきっちりとしている上に、心身の調子を崩したときの対応が手厚いので、お給料のことにさえ目をつぶれば働きやすくはあります。一般企業では休みづらい…と言うかそもそも言いづらいコンディション(具体的には精神面での不調)の時でも問題なく休めますしね。

で、こんな素敵な職場なのですが、実は従業員に私を含めオタクの人達が結構いることが既に判明しています。例えばうちのチーム…4人中私を含めた3人までがオタだと判明。一人はファミ通を毎週購読していますし、あとの一人は私がアリスソフトのPCゲーに関する話(具体的にはランスシリーズとか大悪司とか)をしていたらば、「戦国ランスは初心者向けで面白いですよ」といった具合に乗ってきました。あとの一人は現段階では分かりませんけどね。
他チームのメンバーでもPS2のゲームをやっている人(据置機に関しては私も似たようなものです。最近では専らPCでなければ携帯機に走ってますから)相手に、色々SFC世代からSS世代のゲームの話をしていましたらば、「下級生ってエロゲじゃないですか!」とツッコミを入れてきた女子が…何でも彼女、CLANNADをこよなく愛する鍵っ子なのだそうで。生憎と私はKeyのゲームに関してはAIRを軽く触った程度で挫折してますので、あまり詳しくは分からないのですが…。この調子だとFate辺りにハマってる人が職場にいてもおかしくはないかと。まあ主にPCを扱う職場だからこそ、なんでしょうけど。

そんな、こんなのオタク天国な職場で、基本的には…盆と年末年始を例外としては日本の暦通りに働いております。いやー、自分のオタク趣味を全開にしていると話すの楽ですね。

相河さんの大学生活・ICU編

今度は再受験して入学することになったICU(International Christian University/国際基督教大学)にまつわる諸々を。
医学生として国公立大学に在籍していた私は、まず学長でも教授でも助教授でも准教授でも皆「●●先生」と呼ぶ事に驚かされた。一般的な大学…それも医学部では考えられない事だったからだ。
ICUとて名前の通りキリスト教系の大学であるからして、キリスト教概論というクラスが全学必修であるのだが、私が受講したクラスはICUの名物教授の一人によるもので、遅刻や締め切り破りには大層厳しいものの内容は興味深く、ファイナル(期末試験のこと)では無事一発でクリアする事ができた。また、このクラスでは各々のクラスでアンケートを取って翌週に回答をするのだが、最初のクラスの回答の際私の書いたものが読み上げられて「今おいくつ?」と先生が尋ねられた際に正直に答えたら、クラスの爆笑を取った事は今でも覚えている。
その先生のクラスに限らず、ICUの先生方のクラスにはハードなものも多い。この頃には完璧に双極性障害を発症していて、うつ状態で沈没し自転車で5分の位置にあった大学に行けなくなったり、逆に躁状態で文章にまとまりが無くなったりしていた。はっきり言って大学入学一年目にELPを受講すると、高校まで英語が得意科目だった程度では凹む事も多い。ましてつい先刻のブログで書いた通り、私は最終的に語学科と人文科学科(日本語学と日本文学)の間で学科間専攻をしたものだから、専門科目の関係上どうしても英語開講のクラスは極端に少なくなってしまう。そこで他の分野から英語開講のクラスを選択して受講した訳だが、情報科学とか数学とかいった自然科学分野が多くなったのは、私がかつて医学部という自然科学領域に身を置いていたからに他ならない。
で、英語開講のクラスに限らず「●●先生のクラスはハードだから止めておいた方が良い」「●●先生は面倒見が良くていらっしゃるから大丈夫」等といった具合に各学期毎の履修計画を立てる際にご助言を下さったのはカウンセリングセンターのカウンセラーの先生方であった。更に卒論アドヴァイザー(卒論指導教官)でいらした某先生を筆頭とした各分野の先生方は私の相談にも親身に応じて下さって、大変ありがたく思ったものだった。もっともごく一部の先生方は逆に私に愚痴やら何やら語ってきたりもしていたが…。更に卒論は日本文学と情報科学の学際領域(要はコンピューターゲームのシナリオについて)なのだったが、関係しそうな各企業のブース巡りをはじめとした下準備を2004年秋〜冬から開始して、様々な紆余曲折を経て2009年1月に完成稿を提出した。じっくりと練り込んで書き上げた分、提出当時としては満足のゆくものに仕上がったという自負がある。最近になってやっと就職が決まったばかりの今の私にとって、各学会などにおいてはこの卒論が名刺代わりとなっていたりもしている。もっとも学会誌に出そうとしたら、TV版、リメイク版に関する事も含めてリファインしなければなるまいが(だって、卒論のネタにしたの『Phantom-Phantom Of Inferno-』だもんね)。

とある元ダメ医学生(兼ICUOG)の思い出話

自分で言うのも何だが、医学生時代はかなりダメな医学生だったと思う。何しろ消毒用エタノールの臭いによって条件反射が働くほど注射・点滴の類が苦手な上に(小学生くらいまでは泣きわめいていたし、今でも顔を背ける位である。また病院によってはエタノール以外の消毒薬を用いられる事すらある)、外科手術の模様が映し出されるとたとえテレビの画面でも視線を逸らす程である。しかも要領が悪くて単位が取れればそれでOKてな感じの割切り方ができなかったりもした(これは今もだが)。そんな私が、どだい医学生なんて務まる訳がなかったのである。
なのに現役で某国立大学の医学部にパスしてしまったものだからさあ大変。2年生の専門に入った頃には親に「辞めたい」と泣き付いたが真に受けて貰えず、しかも転学・転科という選択の余地も全くなかった事に絶望したため(この頃から多分うつ状態にはなっていたかと思われる)、それからはこっそり家庭教師のバイトをしつつゲームと同人活動とに耽溺する日々を送ることになった次第である。もっとも、この時の経験が再受験で入学したICU(国際基督教大学)での卒論執筆に活かされることになろうとは、当時は露ほども思わなかったのだが。
この挫折と失敗とが、再受験時にICUという大学を私に選ばせたのは言うまでもない。当時は6学科から成っていたICUでは、条件次第で転科が可能であり、また最終的に私が選択することとなった学科間専攻に至っては何故学科間専攻をするのかといった理由書と履修計画書とを提出してその動機が学科間専攻をするという事に合致してさえいればほぼ無条件で可能であった←つまり学科間専攻をするのに成績という条件は全くの無関係であった、という事。もっとも今では2年終了時に専攻を選択して、場合によってはダブルメジャー(私の時代で言うところの学科間専攻)という事も可能であるらしいが。

閑話休題。医学生としては駄目駄目であった私は、当然の如くあちこちに迷惑を掛けまくっていた。特に解剖学の教授お二方には、それはもう散々ご迷惑をお掛けしたものだ。先述した通り要領が悪く、組織片のスケッチにも異様に時間が掛かってしまったり(早い人ならPM6時くらいには釈放されるところを、PM10時過ぎまで掛かった…なんて事はザラ)、御遺体の解剖実習では実際にメスを持ってこれは何といった類のことは他の同級生に任せっきりにしていたり、等々。医学部の中で私がほぼ唯一興味を持って取り組めた公衆衛生学にしても、当時は教授が退官直後でいらっしゃらなかったので、助教授だった先生にお世話になることとなったのだが。
ともあれ、医学部の学生生活は私にとって灰色のものであった。友人達と過ごした時間は楽しかったが、キャンパスライフはお世辞にも充実したものだとは言えなかった。多分目は半分死んでいたかと思われる。

その私が中退後およそ15年の歳月が経過した際に、何とはなしに医学部キャンパスへと足を運んだのだが、その時偶然にも再会した某教授にかなり驚かれた事を今でも私は覚えている。私はICUでの諸々が基準となっているので、ICUに入学してからこちら教授のオフィスを訪問することに抵抗がなくなっているのだ。

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