色々書いてます…水面下でですが……

職場ではデザイナーなる肩書きを持っている私でございますが、水面下では主にあまりにも目が疲れてデザイン仕事がままならなくなった時に限定して文章の執筆をしておりました。
ジャンルとしては主に随筆とでも言うべきものですが、タイミング次第では皆様方のお目に掛けられるかも…といったものから、こーれーはー絶対外部に出せんぞ…という代物まで内容は実に様々。

とは言え、いくら私でも理由もなしに文章を書いている筈はなくて、最大の理由はこれが私の精神状態を映し出す鏡となるから。人によっては切ったデザインそのものに映し出されたり、言動・行動に映し出されたりするものなのですが、私の場合は文章に最も的確にかつ鋭敏に映し出されるものなのです。これでも卒業した方の大学では日本文学と日本語学を専攻しておりましたからね。
では何で会社で文章の仕事をしていないのかと申しますと、会社で取り扱う類の文章と私の書きたい分野の文章のジャンルが根本的に違うからでして。私の書きたいのは小説であったり、サブカルチャー関連の学術論文であったり、はたまた随筆であったり…なのですが、会社で書く事になる文章はそのいずれにも該当しないんですよね。と言うか学術論文のフォーマットが身に染みついた私としては些か抵抗がある類の文章だった訳でして。
なので、ごく一部の例外を除いて「仕事としての」文章は、私は書いてない訳です。

…その割に、4月に現職場に就職して以来、相河の書いた文章量って…えー、InDesign・2段組フォーマットで1段約400〜500字を使って100P↑ですか?
我ながら塵も積もれば何とやら、という諺を実感した次第でございます。

実は学術方面の文章も水面下で書いてます

2009年1月に卒論を完成させて以来、学術方面での活動が停滞していると思われがちですが、実際のところネタは幾つかございまして、夏コミ合わせの同人原稿が終わった今、現在進行形にて執筆しているものが幾つかございます。学術誌に投稿するために卒論そのもののリファインを進めると同時に、卒論のテーマと直接関係がありそうなのが、さんだーぼるとからフリーウェアとして頒布されている同人ノベルゲーム『ラスト・ピュリファイ』に関するもの。一方でステージななから同じくフリーウェアとして頒布されている『narcissu-Side2nd-』は私もある程度(?)接している世界からのアプローチ、そして『Fate』はstay/nightとZeroについて書き進めている最中です。うち『Fate』に関するものにつきましては、双方の企業の某氏と某氏に現在進行形にて書き進めている事実を告げてあります。あと、ナルキに関するものに関してもステージななの関係者様に言ってたような…。いずれにしても、基本的には人文系中心のアプローチになる予定です。コンテンツ文化史学会とかDiGRA JAPAN辺りの論文投稿規定を見返しておかなければ……(卒論はEnglish Abstractを除いても現段階で2万字を超えてますので、何処かを削る必要があるかと) と言うかコンテンツ文化史学会の今年度の会費をば…あばば……(DiGRA JAPANの方は振込済)

あ、ナルキと言えばこれを忘れてはいけませんね。現在シナリオ執筆中の二次創作同人ノベルゲーム『Kyrie†Eleison』を…(初作とSide2nd[いずれも同人版]に準拠してます)。原作者様+ステージなな関係者様にばっちりと言質を取られてますので引き返せないんですよ。かと言って色んな意味で中途半端なものにはしたくないので、近日中に開設予定の特設サイトにて色々と募集を掛ける事になるかと思われます。多分これが複数人数で制作する事になる初の同人ノベルゲームになろうかと(『女神の大地』でさえ基本的には私一人で作っています)。

相河さんの大学生活・ICU編

今度は再受験して入学することになったICU(International Christian University/国際基督教大学)にまつわる諸々を。
医学生として国公立大学に在籍していた私は、まず学長でも教授でも助教授でも准教授でも皆「●●先生」と呼ぶ事に驚かされた。一般的な大学…それも医学部では考えられない事だったからだ。
ICUとて名前の通りキリスト教系の大学であるからして、キリスト教概論というクラスが全学必修であるのだが、私が受講したクラスはICUの名物教授の一人によるもので、遅刻や締め切り破りには大層厳しいものの内容は興味深く、ファイナル(期末試験のこと)では無事一発でクリアする事ができた。また、このクラスでは各々のクラスでアンケートを取って翌週に回答をするのだが、最初のクラスの回答の際私の書いたものが読み上げられて「今おいくつ?」と先生が尋ねられた際に正直に答えたら、クラスの爆笑を取った事は今でも覚えている。
その先生のクラスに限らず、ICUの先生方のクラスにはハードなものも多い。この頃には完璧に双極性障害を発症していて、うつ状態で沈没し自転車で5分の位置にあった大学に行けなくなったり、逆に躁状態で文章にまとまりが無くなったりしていた。はっきり言って大学入学一年目にELPを受講すると、高校まで英語が得意科目だった程度では凹む事も多い。ましてつい先刻のブログで書いた通り、私は最終的に語学科と人文科学科(日本語学と日本文学)の間で学科間専攻をしたものだから、専門科目の関係上どうしても英語開講のクラスは極端に少なくなってしまう。そこで他の分野から英語開講のクラスを選択して受講した訳だが、情報科学とか数学とかいった自然科学分野が多くなったのは、私がかつて医学部という自然科学領域に身を置いていたからに他ならない。
で、英語開講のクラスに限らず「●●先生のクラスはハードだから止めておいた方が良い」「●●先生は面倒見が良くていらっしゃるから大丈夫」等といった具合に各学期毎の履修計画を立てる際にご助言を下さったのはカウンセリングセンターのカウンセラーの先生方であった。更に卒論アドヴァイザー(卒論指導教官)でいらした某先生を筆頭とした各分野の先生方は私の相談にも親身に応じて下さって、大変ありがたく思ったものだった。もっともごく一部の先生方は逆に私に愚痴やら何やら語ってきたりもしていたが…。更に卒論は日本文学と情報科学の学際領域(要はコンピューターゲームのシナリオについて)なのだったが、関係しそうな各企業のブース巡りをはじめとした下準備を2004年秋〜冬から開始して、様々な紆余曲折を経て2009年1月に完成稿を提出した。じっくりと練り込んで書き上げた分、提出当時としては満足のゆくものに仕上がったという自負がある。最近になってやっと就職が決まったばかりの今の私にとって、各学会などにおいてはこの卒論が名刺代わりとなっていたりもしている。もっとも学会誌に出そうとしたら、TV版、リメイク版に関する事も含めてリファインしなければなるまいが(だって、卒論のネタにしたの『Phantom-Phantom Of Inferno-』だもんね)。

とある元ダメ医学生(兼ICUOG)の思い出話

自分で言うのも何だが、医学生時代はかなりダメな医学生だったと思う。何しろ消毒用エタノールの臭いによって条件反射が働くほど注射・点滴の類が苦手な上に(小学生くらいまでは泣きわめいていたし、今でも顔を背ける位である。また病院によってはエタノール以外の消毒薬を用いられる事すらある)、外科手術の模様が映し出されるとたとえテレビの画面でも視線を逸らす程である。しかも要領が悪くて単位が取れればそれでOKてな感じの割切り方ができなかったりもした(これは今もだが)。そんな私が、どだい医学生なんて務まる訳がなかったのである。
なのに現役で某国立大学の医学部にパスしてしまったものだからさあ大変。2年生の専門に入った頃には親に「辞めたい」と泣き付いたが真に受けて貰えず、しかも転学・転科という選択の余地も全くなかった事に絶望したため(この頃から多分うつ状態にはなっていたかと思われる)、それからはこっそり家庭教師のバイトをしつつゲームと同人活動とに耽溺する日々を送ることになった次第である。もっとも、この時の経験が再受験で入学したICU(国際基督教大学)での卒論執筆に活かされることになろうとは、当時は露ほども思わなかったのだが。
この挫折と失敗とが、再受験時にICUという大学を私に選ばせたのは言うまでもない。当時は6学科から成っていたICUでは、条件次第で転科が可能であり、また最終的に私が選択することとなった学科間専攻に至っては何故学科間専攻をするのかといった理由書と履修計画書とを提出してその動機が学科間専攻をするという事に合致してさえいればほぼ無条件で可能であった←つまり学科間専攻をするのに成績という条件は全くの無関係であった、という事。もっとも今では2年終了時に専攻を選択して、場合によってはダブルメジャー(私の時代で言うところの学科間専攻)という事も可能であるらしいが。

閑話休題。医学生としては駄目駄目であった私は、当然の如くあちこちに迷惑を掛けまくっていた。特に解剖学の教授お二方には、それはもう散々ご迷惑をお掛けしたものだ。先述した通り要領が悪く、組織片のスケッチにも異様に時間が掛かってしまったり(早い人ならPM6時くらいには釈放されるところを、PM10時過ぎまで掛かった…なんて事はザラ)、御遺体の解剖実習では実際にメスを持ってこれは何といった類のことは他の同級生に任せっきりにしていたり、等々。医学部の中で私がほぼ唯一興味を持って取り組めた公衆衛生学にしても、当時は教授が退官直後でいらっしゃらなかったので、助教授だった先生にお世話になることとなったのだが。
ともあれ、医学部の学生生活は私にとって灰色のものであった。友人達と過ごした時間は楽しかったが、キャンパスライフはお世辞にも充実したものだとは言えなかった。多分目は半分死んでいたかと思われる。

その私が中退後およそ15年の歳月が経過した際に、何とはなしに医学部キャンパスへと足を運んだのだが、その時偶然にも再会した某教授にかなり驚かれた事を今でも私は覚えている。私はICUでの諸々が基準となっているので、ICUに入学してからこちら教授のオフィスを訪問することに抵抗がなくなっているのだ。

今日はかけずり回ってへろへろ……

今日は冗談抜きに疲れましたので、一部Facebookと重複する部分もあるかとは思いますが、その辺りはご容赦の程を……

▽銀座+幕張に行った日と同様、昨夜も一睡もできずに朝を迎えてしまう
▽起きているうちにとハローワークに行き、仕事探し。一件これはという案件を見つけたものの、人気の案件らしく先方からはFaxでの送信を要請されるが、すっかり顔なじみとなったハローワークのスタッフの方と相談した結果、個人情報に関するセキュリティを優先して必要書類は郵送する事で意見が一致。その方向で準備を進める事に
▽ハローワーク近くのコンビニで食料品+αを調達するが、此処で障害者手帳のコピーを取るのを忘れるというポカをやらかす←障害者雇用の場合は必ず要求される書類なのだが
▽帰宅して↑のポカに気づいても後の祭り。とりあえず履歴書+職務経歴書をPC上で作成して、紹介状を同封し徒歩圏内にある大学構内の売店まで出向いてコピー機を利用し、そのすぐ近くにある郵便局にて必要書類が全て揃った状態にて投函。ひとまず任務完了という事に
▽ついでとばかりに大学教会の事務所に顔を出す。馴染みの事務員さんの他に牧師先生とも話す事ができたのは収穫の一つ。今日は明るいうちに帰ってねという言葉と共に送り出される
▽眠気覚ましに学食でアイスコーヒーを飲む。因みにホットの飲み物はお湯を出す機械が大絶賛故障中につき(機械の修理をしている方がいらした)壊滅状態だったりも
▽そのまま夕飯を食べても良かったが、まだ食欲が湧かずふらりとN館に立ち寄る←実際のところ、ままある事だったりも
▽久しぶりに某先生とお会いできて色々と話してきた。話題は多岐に渡るので此処では書ききれないが、コンピューターゲームの読み物としての可能性と問題点(主にアーカイブの問題)とか、宇宙旅行が云々とか、単極性うつ病と双極性障害との違いとか…そりゃあもう色々と。お互い建物を出るときにはへろへろ状態だったのだが…先生によっては冗談抜きで合わない事もあるからなぁ、うちの大学(実際、外部の大学から来られた非常勤講師の先生の中には、国公立大学に在籍していた経歴を持つ私を相手に弱音を吐いていた方もいらした程なので/勿論放課後の帰り道、途中まで一緒になる私と一対一になったとき限定ですよ、念のため)。件の先生はまだそこまでは行ってないようですが……
▽どんだけ双方がへろっていたかと申しますと、比較的堅いサイト(このサイトの事ね)で詩とかブログとか書いてる、と申しましたらば某先生は詩を「死」となかなか物騒なカンチガイ。それに対して”poem”(詩)の方ですよー、とツッコミ入れるタイミングが普段より大分遅れたりも。…にしてもうちのATOK、この項目を追記する前に「し」と入れたら第一候補に「死」を出してきましたよ……
▽帰宅後、仕方なく夕飯を作る羽目に。豚肉の解凍が終わっていたのでキムチチゲにする事にしたのだが、ぶち込んだ豆腐が思っていたよりも柔らかくて鍋の中で崩れるという事態に。後で(翌朝になって)うどん玉をぶち込んで食べるにしては野菜の量が多かったためか、薄味になったなぁ…という印象であった

今日はこの後、風呂入って寝る事にします。と言うか二日連続で徹夜はキツイ…一晩完徹しただけでDr.のお叱りを貰う位なのに……

マンガにまつわるエトセトラ

11月 22, 2012 · Posted in エッセイ風文章, 学業関係, 徒然, 日誌 · Comment 

私も同人活動でマンガを下手なりに描いた事はありますが、今回はあくまで読者としての観点から色々な事を。

『OZ』、『空は赤い河のほとり』、『BASARA』、『SAINT』、『AMAKUSA1637』、『姫100%』、『伯爵カインシリーズ』、『東京BABYLON』、『聖伝−リグ・ヴェーダ−』、『魔法騎士レイアース』、『学園便利屋シリーズ』、『吸血姫美夕』くらいかな、ざっと浮かぶのは。

といったTLをTwitter上で流したのですが(この時の私は『生徒諸君!』を入れるのを忘れてました)、ご覧の通り少女マンガに関しては結構疎いです、私。第一、いい年こいた娘っ子が読んできた少女マンガのタイトル挙げるのに140字以内に収まるって何さ?といった声が聞こえてきそうですね。
ただ、その中でも特に『OZ』は性別に関係なく読んで欲しいくらいの名作で、人間とは何か、機械と人間の違いは何かという命題に取り組んだ意欲作だと思っています。樹なつみ先生の絵柄も、いかにも少女マンガ…てな感じのものではありませんし。

なので、私の青春時代を彩ったのは少年マンガや青年マンガが中心でして、とりわけ『沈黙の艦隊』(以下沈艦と表記)や『MASTERキートン』には本当に人生変えられた気がします。
沈艦は途中からリアルタイム(単行本は海江田が東京に上陸して竹上総理と会談した辺りから、単行本はニューヨーク近海で空を飛ぶ前辺りから)で読んで、更に違うクラスの女子2人に布教した結果、モーニング誌が発売された翌日の休み時間には三人して熱くネタバレ沈艦トークをかましたものです。もっとも三人とも腐女子ではなかったので、そういうベクトルの話にはなりませんでしたが。あと当時「選挙権があったら!!」とか絶叫していた事を思い出します。(実際に選挙権を手にしてからは、住民票の関係からなかなか行けなくなってしまいましたが←現住地は東京都内、住民票があるのは四国・香川県内/遠隔地からでも投票できたらいいのに…よよよ。夜行バス辺りで帰省して期日前投票も考えてますが)
今読みたいのは『ギャラリーフェイク』に『天才 柳沢教授の生活』『ベルサイユのばら』、それと『テルマエ・ロマエ』でしょうか。財布の中身と本棚のスペースとを圧迫するのでその辺りは何とかしたいものですが…近所にコミックのレンタルやってる所があるので、そこに通うか? でもその場合の著作権料ってどういう扱いになるんだろうか?←それが気になってるので、できれば新品で読みたいのですが……

金曜の夕方、科博(国立科学博物館)に行ってきました

上野へ行くのも随分と久しぶりだな…と思いつつ、上野公園は博物館やら美術館やらが密集しているエリアへ。
今回のお目当ては科博で開催中の特別展「元素のふしぎ」でして。そろそろ開催期間も終わると思って、いそいそと上野へと足を運んだ次第です。
流石に全種類の元素を何らかの形で取り上げているだけの事はあって、高校・大学通じて化学は得意だったこの私がお腹いっぱいになるほどのボリュームでした。
元素に関してはちゃんと大学に入って初めてまともに習う電子雲の事もちゃんと分かりやすく取り上げられており、それがキューブ状のガラスを使ったモデルで分かりやすいように表示されていたのが好印象でした。
実は私、再受験の予備校生時代にある質問をして、それを理解するには高校レベルを超えてると言われた事があるんですね。それもこの理論なら説明が付くといった内容のものでした。
(知っている人なら知っているかとは思いますが、高校・予備校ではいわゆる理系クラスにいまして、化学と生物は得意科目だったのですよ。数学は死ぬほど苦手でしたが……←ICUのジェネード或いはエレクティブで数学だの化学だの情報科学だのを、何故かNS生と勘違いされるほど取っていたのは、当然これも関係してます)

今回ゲップが出るほどの充実感を味わってきたのですが、天然宝石とも人造宝石とも違う人工宝石なるものがある事は初めて知りました。多分工業用途に使われているのだとは思いますが……
あと、流石に炭酸リチウムは取り上げられてませんでしたね。双極性障害における躁状態の最古の治療薬なんですけれども、一般の方々には刺激が強すぎると思われたのでしょうか?

次回の特別展はチョコレート展だそうです。会期は11/3〜翌年2/24まで。これも面白そうなので是非行ってみようと思います。

それにしても、平日金曜は科博と国立西洋美術館とが20時まで開館しているとは知りませんでした。今度から博物館のハシゴをする時は可能な限り金曜日に行こうと思います。コースは国博(東京国立博物館)で主に刀剣類の鑑賞→科博で気が向くままに展示を堪能、といった感じになると予想されます(理由は、国博は確か通常通りの開館時間だった筈だから)。

余談ですが、発達障害専門病院での入院しての検査は、現在4人待ちだそうです。時期的には年内にできるかどうか…といったところだとか。

今日の食事内容
朝昼兼用:シリアル、牛乳
夕:白身魚のポワレ、ローストビーフサラダ、スープ、パン、ウーロン茶
間食:牛乳、麦茶、デザート風味のお豆腐(ザク豆腐という奴←駅前のイトーヨーカドーで売られていたのを見て、ネタという誘惑に敗北した/バニラ味で意外とおいしい)

退院のお知らせとか

とりあえず神経内科の検査入院からは無事退院してきました。
結果は脂肪肝が見つかった以外には特に異常はなし、小脳が年齢の割には小さくなっていた程度だそうです。
次は発達障害に関する検査入院が待っている筈…なのですが、そこに至るまではやっぱり1か月ほど掛かるでしょうね。

とりあえず一つ憂いが消えた私は、
新横浜でのイベント終了後(と言うか最終日に抜け出して)、コンテンツ文化史学会の例会に出席します。
後の予定は未定ですね、ホントに…(病院へ行かないと分からないから)。

ディスプレイがお釈迦になったので+業務連絡とか

新しいディスプレイに買い替えた上にてリサイクルを申し込んだのですが、どうやら前の壊れたヤツがPCリサイクル法が制定されてから購入した機種らしくて、ラッキーとばかりにPCリサイクルマークの取り寄せを申し込みました。
いや、かなり前の機種なんで回収は有償になるかなー?とか思っていたのですが…。よく考えたら多分新しいのを買うことになったのがICU在学中…即ち2003年以降からであった筈なので(実際買ったのは多分2004年か05年)。
で、その新ディスプレイ…ホントはナナオのが欲しかったのですが、流石に予算オーバー、しかも現在自身の収入がない(∵病気療養中)身である故にそんな贅沢なことは言えず、1万円台という予算内で、かつ置き場所が確保できる範囲内で…という事で三菱の21.5型ワイドディスプレイに致しました。
帰宅後、早速やった事がMac環境(色塗り環境・とも言う)でのキャリブレーションだったのですが、色の再現は問題なかったのですが以前にも増して目に来るようになった気が致します。コンタクトレンズとかしてないと速攻で目に来ますね。表示される文字が小さくなった所為なのかもしれませんが…。Win環境でのキャリブレーションをしようとしても、キャリブレーターが古くて7に対応していないのか、認識してくれません。しくしくしく……

あ、そうそう。13日から神経内科での検査のため入院することになりましたので、前日の12日の夏コミ3日目にはお伺いできません。また、この後2週間程度はPCからの接続が一切できませんので悪しからずご了承の程をお願い申し上げます(多分iPadもNGの筈なので、メールチェックもできない)。

9/2日のJGCの後はコンテンツ文化史学会例会に行こうか、コミティアに行こうかと悩み中だったりも←こんな所で悩むなよ自分

今後も「横道」と書いて「おうどう」となりそうですが……

タイトルの出典は相河による「学校」にまつわる自伝『Alma Mater』本文の一部から。

元々はmixiニュースにて知ったネタではあるのだが、この件に関しては、よりOpenなこちらのサイトに記載するのが適切だと判断したので…。

明治大学の駿河台キャンパス内に、まんがやサブカルチャー関連書籍を専門とした米沢嘉博記念図書館がある…というのはmixi内のニュースにて知ったことだが、これを知った私は即座に明治大学のサイトにアクセスして、件の図書館が、そして2014年完成予定の東京国際マンガ図書館なるものが如何なる性質のものであるのかを早速チェックした。

“著名なタイトルはともかくとして、そうでない作品群は歴史の波に埋もれるおそれがある”───これに関しては私も強い危機感を抱いている。
最終的にICUでの卒業論文の題材として取り上げることとなった作品こそ、『Phantom-Phantom Of Inferno-』(ニトロプラス/2000)という現在では著名なタイトルに落ち着いたが、実を言うと取り上げる作品の候補は他にも幾つか存在していた。中でも本当に最後まで迷ったのが『シェル・クレイル〜愛しあう逃避の中で〜』(アリスソフト/2003)だったのだが、こちらは発売前には大いに期待されながらもセールス的には伸び悩み、今では「埋もれた名作」…どころの話ではなく「忘れられた存在」と化してしまっているのが現状である。しかしながらシナリオの完成度・洗練度にかけては私の知る限り2012年5月現在これの右に出るものはなく、セーブデータ数に若干難のあるシステム以外はグラフィック・音楽などもパーフェクト。更に性的描写の存在意義に首を傾げたくなるものも少なくない昨今のタイトルとは違って、性愛というテーマに真っ正面から挑んでいる上にその筆致・描写もまた見事…という、私から見れば奇跡のような輝きを持っている作品なのである。フランス語による題名が示すもの、サブタイトルに込められた“逃避”の真なる意味、蕩果と呼ばれるものを筆頭とした薬物が人間関係にもたらすもの、等など───これで論文を一本執筆するとしたら、卒論どころか修論か博士論文レベルの労力を要求される代物でもあろうと、私は考えている。実際、最終的に卒論の題材とする作品を『Phantom』にするという決断を下した理由は複数あったのだが、2008年初頭〜春にかけての“breakthrough”を経ていなかった2005年当時の私には到底太刀打ちできそうにもないテーマを含んだ作品だと判断したからでもある。2012年現在でもまだ人生経験積んでないから色々厳しいよなぁ…と思っているのが現状ではあるが。

ICUでの卒論が完成した年度の冬コミ企業ブースにてとある方(私の記憶が正しければ、シナリオライターの方だったかと…)に卒論のDraftを提示したのだが、果たして学術論文として取り上げるほどの価値があるものなのか?といった感じの反応を示されたので、「(井原)西鶴の『好色一代男』って、最初から文学として書かれたものなのでしょうか?」とかいった具合に切り返した覚えがある。西鶴の『好色一代男』は好色本と呼ばれる、上方で流行することとなったジャンルの作品の先駆けである。専門外の方々のために「好色本」の事をかみ砕いて記載すると、現代で言うところの(娯楽のための)エロ小説本と考えてまず差し支えないだろう。しかも主人公の世之介なる人物というのがまた、現代にて綴られている美少女ゲームの主人公達などとは比較にすらならない程に色を好んだ男なのである。具体的に言えば、本文中に「五十四までたはふれし女三千七百四十二人、少人のもてあそび七百二十五人、手日記にしる。」とあるのだが、此処で注意しなければならないのは現代人の価値観のみにてこのテクストを見てはならないという点である(男色が公然とまかり通っている辺り、当時の世情を映し出したものでもある)。それはさておき、『好色一代男』のヒットを受けて西鶴ならびに他の著者達による同ジャンルの本が次々と出版される事となった訳だが、当の西鶴本人は『西鶴折鶴』にて神や仏に銭を落とすのは愚かといった旨のことを記している人物でもある。そういう人物であるからして、西鶴が如何に目立ちたがり屋であったとは言え後世にまで己の作品を遺そうとしていたとは、少なくとも私には考えにくい。
また、先に私は好色本のことを指して娯楽のためのエロ本と記載したが、西鶴の好色本における特色はこれだけではない。当代で教養のある者達ならばニヤリとするだろうといった類の、パロディの精神がふんだんに盛り込まれた作品でもあるのだ。後世にまで『好色一代男』の名が西鶴への名声と共に残されている理由はまさにこの点にあるのだろう。同じように、美少女ゲームの幾つかもまた、シナリオライター本人が己の綴った作品に文学的意図を自覚していたか否かは別問題として、後世に残されていくようになるのかもしれない。

それはともかくとして、私が「これからプレイしてみたい」といったゲームのタイトルを列挙していくと、一つ二つの例外を除いて見事なまでに「聞いたことが無い」といったリアクションを友人達から返されるマイナーなものばかりなのだ。現在進行形にてスポットの当たっている作品群は他の権威ある方々にお任せして、今後とも私はある意味マイナーな街道をひた走る所存である。

参考文献
[書籍]
『新編日本古典文学全集 井原西鶴集(1)』 井原西鶴著  暉峻 康隆、東 明雅校注・訳 小学館

[Website]
http://www.meiji.ac.jp/manga/about/ 2012.05.14

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