手の平サイズの「日誌」から・その8

8月 23, 2008 · Posted in 日誌 · Comment 

首都圏にいると運転する機会も
その必要性すらも無いのだが、
列車(電車に非ず)が1時間に
1本しか来ない様な田舎だと、
やはり車は必需品となる。
私も四国内に住んでいた頃は
涼しい顔して運転していたのだが、
今や立派なペーパードライバー。
母が運転できなくなっている関係上にて
ハンドルを握ってはいるものの、
助手席の母から色々と口を出されつつ、
ビビリ入りながら運転する日々である。

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相河にとっての『夜会』・その1

8月 23, 2008 · Posted in 中島みゆきの歌と言葉, 徒然 · Comment 

私がみゆきさんに本格的にハマったのは高校の頃だから、必然的に『夜会』との出会いもその頃になる。当時アルバムでは『歌でしか言えない』『EAST ASIA』が発売されていて、いずれも私はサルのように聞き倒した記憶がある。
当時地方(四国)在住者だった相河のこと、基本的に『夜会』はビデオで追いかけていたのだが、中でも特に私の人生においてつらい時に勇気付けてくれたものが『Vol.4-金環蝕-』である。日本神話の太陽神にまつわるエピソードから題材を求めた作品であるのだが、其処はみゆきさんならではの展開になっている…とだけここでは書いておこう。
今だから過去の事実として言える話だが、私にとって最初の大学進学は意に沿ったものではなかった。私の真に学びたいものは其処にはなく、また転科などといった選択の余地も一切与えられてはいなかった。ごく一握りの例外的な人々を除いては、現世的な名誉を私に求めさせるだけだった。辞めたいと言ったのに、真に受けてもらえなかった。
そんな状況に私は絶望し、半ば引きこもりのような生活をするようになってしまった。そうして心の殻を閉ざして泣くばかりの日々を過ごしていたときに、再会したのが『金環蝕』である。
当時の私はこのビデオの…特にラストシーンの『DIAMOND CAGE』から『泣かないでアマテラス』のシーンにかけてを見るたび毎に、ただ只管泣くしかできなかった。それしか感情を吐露する術を持ち合わせていなかった。そうやっているうちに深く沈んでいたつらさ悲しさが洗い流されていくような感じがしていた。だから私は何回も、何十回もこのビデオを再生していた。普段ろくにテレビなどの動画を見ることのないこの私が、である。
そういった状況が近年変わってきた。ここ数年…いや、ここ数ヶ月における変化ではあるのだが、「この作品になぐさめられる者」から「この作品と共になぐさめる者」へと、私自身の立ち位置が変わってきたのだ。「泣いて終わらないで」と声を発する者へと、立場が変化しているのだ。即ち、作中における天照大神の立ち位置から、アメノウズメのそれと同じ場所へと移行しているのだ。
この変化には、1.30以降のbreakthroughとでも言うべき一連の出来事が大きく関与しているのだが、己の弱さを嘆いてばかりだったそれまでの自分からは考えられなかった事である。10年以上を経て、やっと私は成長することができたのだろうか…と『金環蝕』に対するスタンスの変化を見るにつけて考えてみたりもする。

カメラの使い分け・棲み分け−相河の場合−

8月 18, 2008 · Posted in FM3A, デジカメ, フィルム, 写真関係 · Comment 

私の愛機と言えばNikon FM3Aだが、実のところ使っているカメラはこれだけではない。コンパクト型のデジカメも持ち出していれば、携帯電話のカメラ機能だって使う。
FM3Aは数年前に新品で購入してから現在に至るまで私が愛用しているカメラだが、その用途は主に作品としての写真の趣味的撮影にある。また、旅行の時とかに持つカメラも原則としてこれ。カメラ自体がMFである上に、私の場合はリバーサルフィルムの使用がデフォルトだったりもしているので、それ故の緊迫感も私にとっては醍醐味の一つだ。最近撮影の機会が減っているのが残念なのだが…秋になったらまた撮影に行きたいものである。
印刷用・Web用画像のための素材として用いる写真を撮影する場合には、フィルムスキャンの手間の掛からない、比較的フットワークの軽いコンパクトタイプのデジカメを持ち出す。リバーサルフィルムまで持ち出すほど色の表現にはうるさい相河のこと、JPEG圧縮で変色したらかなわないのでRAWデータ保存可能な事を条件に機種を絞り込んで、私に必要十分なスペックを求めた結果が、Canon PowerShot G9。実は手の平サイズの「日誌」の撮影に用いたカメラがこいつだったりする。
これらのいずれも持っていない時or持てない時、携帯電話のカメラ機能でパチリとスナップを撮ってみたりもしている。これで撮影したスナップが意外にもいい感じになったりする事もあるのだから世の中侮れない。もっとも画像のサイズはとても小さいしブレやすいし、風景とかを撮影した時とかには色が変わってしまうし…という欠点も在るのだが。
要するに、メインはFM3Aだけど写真画像を素材とする場合にはG9、お気軽なスナップなら携帯のカメラ機能…といった具合に、私の中では棲み分けができていたりするのだ。

手の平サイズの「日誌」から・その7−2

8月 16, 2008 · Posted in 日誌 · Comment 

例の「ひやじる」を食べに兄弟子殿の店に行ってきた。
今回を逃すと次は9月になりそうなので
お盆休みに入ってないかとヒヤヒヤしたが、
ぎりぎりセーフで無事に食すことができた。
夏バテで米の類が食べられなくなった時にも、
コレならいけそうだった。

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手の平サイズの「日誌」から・その7−1

8月 16, 2008 · Posted in 日誌 · Comment 

分倍河原の兄弟子殿の店『ひむか』に、
宮崎の郷土料理で夏向けの期間限定メニュー
「ひやじる」というものがある。
これがどういうものかは、
前回店に来た時に兄弟子殿から聞いたのだけれども、
ものの見事に忘れてしまった。
今回もうちょっとお腹が空いていたら、
締めの一品としてコレを
オーダーしていたのだけれど……
次来る時に出してるかなぁ?

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手の平サイズの「日誌」から・その6

8月 16, 2008 · Posted in 日誌 · Comment 

誰かと行動を共にしていない限り、
ビッグサイトでのイベント終了後に
私は会場近くのとある寿司屋に立ち寄って
一息つくのが習いとなっている。
此処の寿司屋さんは、
平日だとビジネス客で賑わうところだが、
休日だとぐっと過ごしやすくなるので気に入っている。
私は大体お任せで握ってもらっているのだが、
お財布にも優しいのが嬉しいところ。
今後ともお世話になります…。

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Jewels

8月 14, 2008 · Posted in エッセイ風文章 · Comment 

組成式Al2O3。
いわゆるコランダムの中でも
宝石としての価値を持ったもののうち、
不純物としてCrを含み
あざやかな赤色を呈するものを
ルビーと呼ぶ。
ルビーは7月の誕生石。
石言葉は「熱情・純愛」
私は7月生まれじゃないけれど、
普段身にまとう石は
その石言葉に違わない
情熱的な色したルビーが多い。
その色は命の炎のように輝いていて、
その紅はルージュのように鮮やかだ。
† †
エメラルドも好きだ。
深く透き通った緑色を見ているだけで
吸い込まれそうになる。
深い深い森の中で
清浄な空気を吸い込んでいるような気分になる。
その石言葉は「幸運・新たな始まり」
込められた祈り・願いとともに
私はこの石を身に纏う。
† †
ダイヤモンドを身に纏うときは
気をつけなければならない、と
少なくとも私は思ってる。
何故ならダイヤモンドは
とても強くてとても純粋で、
けれどもとても危うい石だから。
一般的なダイヤモンドのCは
Cut
Carrat
Color
Clarity
この4つだと言われているけど、
私はもうあと1つあると信じてる。
Carbon…つまり炭素・炭。
900℃以上の熱に曝されたなら
ダイヤは文字通り炭と化してしまう。
また、ダイヤモンドは
純粋な炭素でできている……
見た目はともかく化学的な材料は
黒い炭と何も変わらない。
ブラックダイヤモンド辺りならともかく、
私は普通のダイヤを
自分で買うつもりなんかない。
唯一の例外は、科博の売店で買った
ダイヤモンド原石の標本。
そりゃあ私だってダイヤモンドを
嫌いかと言ったら嘘になる。
けれど透き通ったダイヤは、私にとっては
あまりにも純粋すぎるから……
だから透明なダイヤを
それだけで身につけるのは、怖い。
† †
私が生まれたのは8月。
8月の誕生石はペリドット。
お店の人は似合うと言ってくれたけど、
だけども私には早すぎる。
だって、ペリドットの石言葉は
「夫婦の幸福」
結婚すらしてない私には
笑い話でしかない。
† †
長い長い…気の遠くなるような歳月を経て
色んな種類の石は生まれた。
その中の一部が宝石と呼ばれてるだけで、
ホントは石の全てがそれぞれの個性を持っている。
本当はただ身を飾るだけのものじゃなくて、
鉱石標本を眺めて
一つ一つの石の由来に思いを馳せていたい。
まるで庭に咲く花々を眺めるような感覚で
一つ一つの石を眺めるのがいい。
そして各々の主張する個性に
じっと耳を傾けていたい。


by Mizuho Aikawa/2008

炎の剣

8月 14, 2008 · Posted in 詩−Poems− · Comment 

刃は人を傷つけるもの
炎は焦がすもの
抜き身のままでは 剣は
触れるものすべてを傷つけてしまう
放っておけば 火は
すべてのものを灼いてしまう
何を断ち切るのか
何を焼き切るのか
過(あやま)つ事があってはならない
咎なき存在(もの)を傷つけることがあってはならない
我は炎の剣なれど
無闇に傷つけることは望まない
ただ 絶つべきモノを
断絶する存在でありたい


by Mizuho Aikawa/2008

同人誌なるものを出そうかと画策中

8月 11, 2008 · Posted in エッセイ風文章, 徒然, 日本文学, 日誌 · Comment 

ホントはもっと早くアナウンスするつもりだったんですけど、帰省していたためこちらのブログにログインできなかったので。
内容としては、小さな「日誌」に積み重なったエッセイの数々の中からピックアップして一冊の本に纏めたものを。ウェブ上ではできなかったルビを振る表記とかもするつもりです。
ただ問題は、どのくらいの部数を刷ったらいいのか分からないのと、私の方で通販を受けられそうにないのと、なんですが……
あ、タイトルは確定してます。『書くことしか、できない』です。
ページ数は44Pから52Pの間くらいになろうかと。