風の通る道−冷たい街で−

8月 28, 2009 · Posted in 詩−Poems− · Comment 

風の通る道が、突き抜けていく。
吹き抜けるのは、冷たく肌を刺す乾いた風。
季節を運ぶものとされる風も、
この街ではただ、埃と人の雑踏を巻き上げながら吹き抜けるだけ。
季節を感じさせるものなど、この街の中には何一つとてない。
ただ風は、そこを吹き抜けるのみ。
そんな街のただ中を歩く女がいる。
何の季節をも映す事のない、この街を歩く女が。
そこにいるのは、如何なる感情をも表さない人々。
この女もまた、その例に漏れず
能面でも被ったかのごとく表情一つ変えない。
女は自分をあざ笑うかのように、
ヒールでアスファルトを蹴った。
何時から自分はこんな風になってしまったのか。
何処で道を誤ったのか。
考えても仕方のない事、と
女はそっとひとりごちた。
そして女はいつものように、
ただ一人街の雑踏の中へと消えていった。


by Mizuho Aikawa/2002, 2009

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手の平サイズの「日誌」から・その31

この手の文章を書くのは全くと言っていい程
苦にならないくせに、事務処理が絡んで
来るとなると途端に気が重くなる。手紙や
電子メールといったフォーマットのものですら
こんな有様なのだから、書式が完全に固定されて
いる書類群を片付けようとしたら、もう苦痛で
苦痛で…。よく考えたら、ICU在学中に
学科間専攻の書類とか何とかを記入する
のにも随分と泣かされたし(学科間専攻の
志望理由は明確だったので楽勝だったが)、
就活では履歴書・職務経歴書に散々
泣かされている。それはもう、「何でこんなん
書かなあかんねん!?」てな事を本気で思う程だ。

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Decade -from 1999 to 2009- 後編

ニトロプラスが創設されてから現在に至るまで…10年の歳月の中で獲得したものが、実のところ私にはもう一つ存在している。
それは即ち、人と人との繋がりである。それも未来を切り開くための力までをも併せ持った───
これなくしては、如何に私がICUという学科間の垣根の低い大学に在籍していたとしても、日本文学領域にて『Phantom』に関する卒論を執筆する事は困難を極めた事だろう。と言うより、そもそもそういった発想自体があり得なかっただろう。以下長文になるが、最後までお付き合い頂けたなら幸いである。
卒論の題材の関係上、下準備の段階から私はニトロプラス関係者の方々とコンタクトを取るようになった…ように思われがちかもしれないが、実のところを言うと人的な接点を得る事となった切欠はそこにはない。もっと別な類の「糸」が、もっと違った場所から姿を覗かせていたのだ。
『最狂広報』ジョイまっくすさんの事は勿論、私も存じ上げている。と言うより私とてニトロの一ファンである以上、知らずにいられる筈もない。
しかし卒論執筆にあたって直接的にお世話になったのは、少なくとも彼ではない。卒論を日本文学領域で書く事を確定させた後、題材となる作品を何にするか検討する段階で各企業さんのブースへご挨拶とご説明に回っていたその当時、「日本文学」とか何とかといった辺りの単語を出した時点で逃走モードに入っていらした記憶がある。
では一体どなたが…?といった疑問が、此処で必然的に生じてくるだろう。
ICUに入学して二年目(2004年〜2005年)の事だったろうか…ワンフェスかワールドホビーフェスティバルかは忘れてしまったが、立体造形物関係のイベントの折に、リングストロボをセットしたデジタル一眼レフを手にしたある男性スタッフの方が私の手にしていたFM3Aに目を留められて、カメラ談義に花を咲かせたのである。その時から顔見知りとなった彼に関してはお名前(この場合は本名/Family Nameのみ)も覚えて、各種イベントにて顔を合わせる度ごとに雑談とか何とかに興じるようになった。私が以前のイベントで撮影したフィギュア類のプリントや、リバーサルフィルムで撮影した写真のスリーブをお見せするようにもなった。動画の制作にどういったソフトを用いているのか、といった話題にも及んだかもしれない(これは他の方との会話での折だったかもしれない)。それから1年くらい後に、手渡された名刺によって彼の「正体」が判明した時には、流石の私も内心でビビったものであるが(主に落差とか…←失礼な)。
ここまで書いてしまえば、以前の「日誌」をご覧になった方にはもうお分かりになったかもしれない。件の「男性スタッフの方」というのはもえらさんの事を指している。日本文学領域…言葉を換えれば日本の言語を用いた表現による芸術分野…にて卒論を書いた私の立場であれば、文章表現を中心としていらっしゃる方々──ニトロプラスで言えば、例えば虚淵さんとかいった辺りの方々──とより深いところで接点を持つものなのかもしれないが、他のソフトハウスさんではともかく、ニトロに限って言えば何故か、文章表現を主体とはしていない(或いはしていないであろう)方々とお話しした時における印象の方が、私には強い。もえらさんに至っては、スタイルは違えども写真撮影という共通の趣味を有する事の一点を除けば、同人・商業とか何とかをひっくるめて考えてみても、制作者−creator−としての接点は殆どないと言っても過言ではないだろう。相河自身は、他のスタッフさんから「あなた何屋さん?」てなツッコミを入れられた程の器用貧乏であるにも拘わらず、だ。
そんなもえらさんに私は、ICUでの卒論執筆にあたって少なからずお世話になった。それこそ題材となる作品を最終的に『Phantom』に決定させる以前の段階から…。ただ、「それっぽい」方々が他にまだいらっしゃいそうなものなのに、何故彼なのだろうかと、私も不可思議に思っていたのだが……
その疑問に対する「解」のひとつを垣間見る事となったのは、前編でも言及した“breakthrough”の発生時においてであった。如何なる形で関与したのかを今ここで書く訳にはいかないが、燻り続けていた疑問を氷解させるだけの「何か」を私が認識したのは確かだ。つまりこういう事なのだろう、と。もっとも其処にどういう意図があるのかなど、それこそ神のみぞ知るところではあるが。
───まあそれはさておき、今年の夏コミにてある女性スタッフの方から「(相河が書いた)『Phantom』の卒論に関して、社内の誰に確認すればいいんですか?」といった事を尋ねられた折、彼女に学生時代私が使用していた名刺を手渡して「ICUをこの三月に卒業した相河瑞穂の名を出した上で、もえらさんに訊いて下さいね」と返答したのは、こういった経緯があっての事だ。
また、他のスタッフの方々や同業他社の方々などとも色々なお話を交わしたりする機会を得る事ができた。様々な形でお世話になった方々も結構いらっしゃるのだが、中でもとりわけ、『narcissu』に関するレポート(これまた『Phantom』に関する卒論なくしては発想自体があり得なかったものである)が切欠で知己を得た片岡ともさんには現在でも頭が上がらない。
こういった方々以外にも、顔見知りではあってもお名前まではちょっと…といった方々も、実のところ少なくない。人の顔と名前とを一致させるのが死ぬ程苦手な私の事なので、もし仮に名乗られたこともあるのに私の方がすっかり忘れてしまっていても、どうかご海容をお願いしたい。
これから先、如何なる縁(えにし)が紡がれる事になるのか…私としても興味深いところだ。
そして、次なる10年-decade-が彼らに何をもたらすのか、そして彼らがその中で何をもたらすのか、刮目して見る所存である。
とりあえず一ユーザーとしては、『装甲悪鬼村正』の完成を楽しみにしている。『Steins; Gate』にも興味はあるのだが…プラットフォームの関係上、発売日当日に手を出すのは就職先が決まらない限り、まず無理だろう…とほほ……

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手の平サイズの「日誌」から・その30

8月 22, 2009 · Posted in Macintosh, 日誌 · Comment 

病院帰りに市役所で書類をもらって、
そのまま家へ帰る気分では無かったので
三鷹から中央線に乗って新宿方面へ。
エルタワーか都庁にでも…と思ったりもしたが、
誰かと話したい気分だったので、新宿も
四ッ谷も通り過ぎて御茶ノ水で下車、
徒歩で秋葉原方面へと向かう事に。
『QUEEN DOLCE』を最終目的地として
道なりにウインドウショッピング…のつもりが、
G4マシンのマウスがいかれた事を思い出して
例のMac専門店に。其処ではOSに対応した
マウスが無かったのだが、別のお店をご紹介して
頂き、そちらで無事ゲット。秋葉原の専門店
ネットワークは侮れません…。

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誕生日の過ごし方−相河の場合・2009−

ケーキ
↑の写真は、昨夜分倍河原にある兄弟子殿のお店『ひむか』さんにて撮影したもの。居合道の稽古の後に立ち寄った私が「今日って誕生日なんですよねー」てな事を言ったらば、ママが速攻で近くのお店にてケーキを買ってきて下さった上に、周りのお客さん達も一緒になってバースデーソングを歌って下さって恐縮しきり。皆さん、その節はどうもありがとうございました。
これでまた一つ年を取った訳ですが…「実年齢なんてもう忘れた」てな方々も周囲にはままいらっしゃるのですけど、私の場合はおとんも同じ誕生日(しかも非常にきりのいい年齢差)なので、どうやっても忘れようがないのです…。
基本的に私はアルコールの類は一滴も口にはしないのですが、体調・精神状態いずれも良好かつ雰囲気的に肩の力が抜けている時には、お酒が入る場面もございます。当然、狭い意味で一人の状況ではない…というのは第一の前提条件。勿論、ホントは服薬の関係上飲んだら色々マズイ(少なくとも酔いが醒めるまでは薬は飲めない)ってのは弁えてますから、普段は1〜2杯までで止めており、余程の事がない限りはリミッターを解除してまで飲む…てな事はないのですが(例外の最たる一例: 私の大学卒業が確定した時+兄弟子殿が居合道四段に合格した時、ダブルでお祝いという事で兄弟子殿のお店にてビールと日本酒を何杯飲んだかも忘れるようなレベルで飲んだ←これで結局潰れなかった辺りが、我ながら何というか…)。
因みに今回は、ビールと赤ワインとでささやかな祝杯をあげてきました。

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Decade -from 1999 to 2009- 前編

8月 17, 2009 · Posted in 日本文学, 美少女ゲーム · Comment 

1999年…その年は、私自身にとっては出来る事なら思い出したくなどない暗黒の時代。それによって課せられた軛から自らを解き放つには、それから10年近く後…2008.01.30から始まった一連の“breakthrough”を待たなければならなかった程でもある。
しかし、これから本エントリーにて言及する「10年」は、上記の期間を意味するものではない。勿論仮面ライダーとかでもない。ある一つの美少女ゲームブランドが創設されてから今現在に至るまでの期間の事を指している。
そのブランド名を私が初めて知ったのは創設から一年後・2000年の事…『Phantom』の存在を知った時点にまで遡る事ができる。当時はまだ至極普通に作品の楽しさを受動的に享受する地方在住の一ユーザーに過ぎず、ICU進学のために上京して、更にそこで日本文学領域を核とした卒論を、この『Phantom』を題材として執筆する事になろうとは夢想だにしていなかった。
それから10年近くの歳月を経た今年の夏コミ会場にて、1月下旬に完成した卒論をとある男性スタッフの方に示しつつ、『Phantom』を2000年からプレイしてきている事をお話ししたところ、
「何か運命的なものを感じますね」
と言われた。
実のところを言うと、私自身もまたそういう「何か」を感じ取っている。運命というものを…神様のご計画の全てを見渡す事など人間には不可能であるが、振り返ってみれば「そういう事だったのか」と思うような出来事は決して少なくはない。再受験時にICUという、知る人ぞ知る大学である一方で実家近辺では知名度の低い大学への進学を選び取った事も、学科間専攻により日本語学と日本文学の両方を専門的に学ぶ選択をした事も、卒論を日本文学領域で書く事にした事も、最終的に『Phantom』を卒論の題材に決めた事も、そして、一連の“breakthrough”が私の身に起こった事も。
特に“breakthrough”は言葉の通り、それまでの価値観からは考えられぬ程に衝撃的なものであった。今にして思えば、少なくとも『Phantom』に関する卒論の完成という観点から言えば、これ以前はパズルの空白を埋めるためのピースがまだ出揃っていなかったのだと理解できるが、その当時はただ翻弄されるしかなかった。様々な意味で危機的な状況に陥ったりもしたが、それは今回此処で書くべき事ではないだろう。
ともあれ、紆余曲折の末に卒論を無事に完成させた私が、ICUの学位記を…卒業証書を手にしたのが2009年3月25日。『Phantom』を制作したソフトハウスが、創設されてから10年目に突入したその年の事だった。此処にもまた、神ならざる身である私には知りようのない意味が存在しているのかもしれない。
また一人のユーザーとしてもその後、『吸血殲鬼ヴェドゴニア』『鬼哭街』『斬魔大聖デモンベイン』『沙耶の唄』『刃鳴散らす』等などの作品群に接して、現在へと至っている。『塵骸魔京』『月光のカルネヴァーレ』『続・殺戮のジャンゴ−地獄の賞金首−』とかも、折を見てプレイしたいものではあるが。←卒論を筆頭とした学業の関係にて、手を出す余裕が……
此処まで書けばもうお分かりだろう。先に記載した“美少女ゲームブランド”とは、ニトロプラスの事を指している。
(以下、後日掲載予定の後編へと続く)

個人的名作にまつわる話・番外編1−“Song of Saya”−

『沙耶の唄』(ニトロプラス/2003)というゲームがあるのですが…個人的には思い出深い作品の一つでございます。どういう意味かと申しますと、良く纏まった名作と言える作品でありながら、私自身の感性に少なからず問題があったが故に、本来の意図にて楽しむ事が出来なかった、という意味にて。
本作のシナリオを書かれた虚淵さんは悪くありません。
グラフィッカーの皆様方も悪くありません。
社長命令にてグロ描写をソフトにするモードを搭載したというでじたろうさんに至っては、至極真っ当な判断をされたと考えています。
悪いのは、元医学生という経歴を持ち、ある「洗礼」を経てしまったが故に妙なところで耐性を持ってしまった、この私の歪んでしまった感性なのです。
コイツの所為で、私の中では最初からグロ描写がソフト化されて…もとい、心の中でほぼ完全にスルーされてしまいました。でもって本質的には純愛物語であると、一発で看破できて“しまいました”…とほほ……
そのくせ、ホラーの類はどうにもこうにも苦手でして…。『バイオハザード』(カプコン/1996)が映画化された時、第一作の上映当時は再受験で地元の予備校に通っていた頃だったのですが、某悪友に強制連行される形で見せられました。ガクガク震えながら見る羽目になっていたのですけど、何が一番怖かったかと言ったら、ホストコンピューターか何かが少女の声で“I’m a bad girl.”と言ってた、その無邪気な残酷さでした。あーれーはー冗談抜きに怖かったです……

手の平サイズの「日誌」から・その29

8月 17, 2009 · Posted in 写真関係, 徒然, 日本文学, 日誌, 美少女ゲーム · Comment 

ワンフェスニトロのブースに立ち寄ると、
必ずと言っていい程話題になるのが、
もえらさんが仕事そっちのけであちこち回って
いる、という話。今回、ドリパやNSSの折にも
お世話になった知り合いのスタッフさんと
「ま、もえらさんなら仕方ないよね」という感じに
なったのだが…実のところ、私は人の事を
言えた立場にはない。と言うのも、ワンフェスの
ところをそうさく畑に、立体造形物のところを
一次創作同人誌に、それぞれ置き換えると、
それがそのまま私のやらかす所行になるから
である。実際これで、畑に参加する度ごとに
嶺さんに盛大に呆れられ、ツっこまれている位
なのだ。

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手の平サイズの「日誌」から・その28-2

8月 11, 2009 · Posted in 日誌 · Comment 

折角東口方面に出たのだからという事で
立ち寄ったのが、伊勢丹新宿本店。その
目的は化粧品フロアの各所にて取り
扱われているであろう香水である。普段
西口方面(主に京王)で、たまに東京駅
八重洲口の大丸や神戸三宮のそごうで
チェックを入れているのだが、新宿伊勢丹
なら或いは未知の香水もあるのでは…
といった読みは大当たり。特にCHANELの
香水コーナーには、普通の百貨店には
置いてない香りがズラリと揃えられていた
上に、店員さんの知識も豊富で、コーヒー豆
の香りを嗅ぐと、それまで嗅いでごっちゃになった
嗅覚がリセットできるのだと教えてくれた。

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手の平サイズの「日誌」から・その28-1

8月 11, 2009 · Posted in TRPG, 日誌 · Comment 

D6面子で新宿にて飲み会をする事に
なったのだが、その行きがけに京王百貨店で
最近の香水関係をチェックしていた時の
こと。GIVENCYのコーナーで夏の限定品に
行き当たり、直に肌に付けても大幅には
変化しない+手持ちの香水のどれとも
違う感じの香り+絶妙な塩梅のボトル
デザインが気に入ったのだが、如何せん
価格が¥8,000という結構いい値段……
これが通常の商品であれば今回は見送る
ところだったのだが、限定品かつ残りは
1本のみ…という状況では【外界】の
制御判定をするしかなく、見事ファンブって
しまいましたとさ。

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