今後も「横道」と書いて「おうどう」となりそうですが……

タイトルの出典は相河による「学校」にまつわる自伝『Alma Mater』本文の一部から。

元々はmixiニュースにて知ったネタではあるのだが、この件に関しては、よりOpenなこちらのサイトに記載するのが適切だと判断したので…。

明治大学の駿河台キャンパス内に、まんがやサブカルチャー関連書籍を専門とした米沢嘉博記念図書館がある…というのはmixi内のニュースにて知ったことだが、これを知った私は即座に明治大学のサイトにアクセスして、件の図書館が、そして2014年完成予定の東京国際マンガ図書館なるものが如何なる性質のものであるのかを早速チェックした。

“著名なタイトルはともかくとして、そうでない作品群は歴史の波に埋もれるおそれがある”───これに関しては私も強い危機感を抱いている。
最終的にICUでの卒業論文の題材として取り上げることとなった作品こそ、『Phantom-Phantom Of Inferno-』(ニトロプラス/2000)という現在では著名なタイトルに落ち着いたが、実を言うと取り上げる作品の候補は他にも幾つか存在していた。中でも本当に最後まで迷ったのが『シェル・クレイル〜愛しあう逃避の中で〜』(アリスソフト/2003)だったのだが、こちらは発売前には大いに期待されながらもセールス的には伸び悩み、今では「埋もれた名作」…どころの話ではなく「忘れられた存在」と化してしまっているのが現状である。しかしながらシナリオの完成度・洗練度にかけては私の知る限り2012年5月現在これの右に出るものはなく、セーブデータ数に若干難のあるシステム以外はグラフィック・音楽などもパーフェクト。更に性的描写の存在意義に首を傾げたくなるものも少なくない昨今のタイトルとは違って、性愛というテーマに真っ正面から挑んでいる上にその筆致・描写もまた見事…という、私から見れば奇跡のような輝きを持っている作品なのである。フランス語による題名が示すもの、サブタイトルに込められた“逃避”の真なる意味、蕩果と呼ばれるものを筆頭とした薬物が人間関係にもたらすもの、等など───これで論文を一本執筆するとしたら、卒論どころか修論か博士論文レベルの労力を要求される代物でもあろうと、私は考えている。実際、最終的に卒論の題材とする作品を『Phantom』にするという決断を下した理由は複数あったのだが、2008年初頭〜春にかけての“breakthrough”を経ていなかった2005年当時の私には到底太刀打ちできそうにもないテーマを含んだ作品だと判断したからでもある。2012年現在でもまだ人生経験積んでないから色々厳しいよなぁ…と思っているのが現状ではあるが。

ICUでの卒論が完成した年度の冬コミ企業ブースにてとある方(私の記憶が正しければ、シナリオライターの方だったかと…)に卒論のDraftを提示したのだが、果たして学術論文として取り上げるほどの価値があるものなのか?といった感じの反応を示されたので、「(井原)西鶴の『好色一代男』って、最初から文学として書かれたものなのでしょうか?」とかいった具合に切り返した覚えがある。西鶴の『好色一代男』は好色本と呼ばれる、上方で流行することとなったジャンルの作品の先駆けである。専門外の方々のために「好色本」の事をかみ砕いて記載すると、現代で言うところの(娯楽のための)エロ小説本と考えてまず差し支えないだろう。しかも主人公の世之介なる人物というのがまた、現代にて綴られている美少女ゲームの主人公達などとは比較にすらならない程に色を好んだ男なのである。具体的に言えば、本文中に「五十四までたはふれし女三千七百四十二人、少人のもてあそび七百二十五人、手日記にしる。」とあるのだが、此処で注意しなければならないのは現代人の価値観のみにてこのテクストを見てはならないという点である(男色が公然とまかり通っている辺り、当時の世情を映し出したものでもある)。それはさておき、『好色一代男』のヒットを受けて西鶴ならびに他の著者達による同ジャンルの本が次々と出版される事となった訳だが、当の西鶴本人は『西鶴折鶴』にて神や仏に銭を落とすのは愚かといった旨のことを記している人物でもある。そういう人物であるからして、西鶴が如何に目立ちたがり屋であったとは言え後世にまで己の作品を遺そうとしていたとは、少なくとも私には考えにくい。
また、先に私は好色本のことを指して娯楽のためのエロ本と記載したが、西鶴の好色本における特色はこれだけではない。当代で教養のある者達ならばニヤリとするだろうといった類の、パロディの精神がふんだんに盛り込まれた作品でもあるのだ。後世にまで『好色一代男』の名が西鶴への名声と共に残されている理由はまさにこの点にあるのだろう。同じように、美少女ゲームの幾つかもまた、シナリオライター本人が己の綴った作品に文学的意図を自覚していたか否かは別問題として、後世に残されていくようになるのかもしれない。

それはともかくとして、私が「これからプレイしてみたい」といったゲームのタイトルを列挙していくと、一つ二つの例外を除いて見事なまでに「聞いたことが無い」といったリアクションを友人達から返されるマイナーなものばかりなのだ。現在進行形にてスポットの当たっている作品群は他の権威ある方々にお任せして、今後とも私はある意味マイナーな街道をひた走る所存である。

参考文献
[書籍]
『新編日本古典文学全集 井原西鶴集(1)』 井原西鶴著  暉峻 康隆、東 明雅校注・訳 小学館

[Website]
http://www.meiji.ac.jp/manga/about/ 2012.05.14