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Poems

還るべき処


今はもう、喪われた光景
記憶の中にしか存在しない筈の風景

心の中ですっかり
セピア色に染まってしまった、
目の前に広がっている田んぼ
その向こうに連なっている山々
それから 夏の空───
高速道路の盛り土が、
新しく建った家々が、
否応なく古い記憶を押し流す
同じ場所から…思い出の詰まった場所から
見ている筈の景色も、
今は郷愁を感じさせるものではなくなってしまった
だから もう二度と
目にする事は叶わないと思っていたのに……


けれどある時 それは現れた
たった一枚の写真、という形で───
勿論それは同じ場所を撮ったものではないのだけれども
其処には、風に揺れる田園の風景があった
遙か遠くに連なる山脈があった
そして 雲々が広がりを見せる夏空があった

その瞬間、私の中で何かが流れ込んできた
喪われた原風景が、鮮やかな……
まるで生きているかのような色彩を伴って
私の眼前に現れたのだ

不意に 涙が零れそうになった
思わず手を伸ばしかけた
これこそが私の原風景
此処に、私の帰るべき処があるのだと


by Mizuho Aikawa/ 2009